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戦争を考える

169犀角独歩:2005/12/01(木) 13:58:28

> あなたは、憲法改正という時代の転換期を迎えるにあたり、日蓮の教えや行動から何を現代に生かすべきだとお考えですか

まだ、こんな質問ですか。政教は分離です。
ここは憲法改正や、政治を論じる掲示板ではありません。

日蓮と憲法改正を脈絡をもって論じることは、戦前の日蓮主義への反省から反対の立場だと記してきたわけです。わたしが先に記してきたことは、戦前の日蓮門下は戦争責任がある、故に軍事・戦争翼賛につながいかなる日蓮解釈には反対ということです。また、日蓮から政治を考えることにも反対です。

わたしは憲法改正(改悪)と日蓮を脈絡をつけて考えることを警告を発しているのです。
殊に冨士門流信徒の掲示板という枠組みにおける憲法論争とは、「日蓮正宗」の国教化というのが主な議論です。ですから、政教分離、国立戒壇が日蓮に遡源しないことを明らかにして、このような動きに反対する第一義があります。

なお、わたしは日蓮の教えに基づいて仏教を語っているわけではなく、何度も記したとおり、法華・涅槃という天台五時のくくりではなく、法華経は法華経一経から読み解き、その教えを組みことを主張してきました。それは、先に記したとおり、ジハードとポアの否定という意味です。また、軍事への反対は、不殺生という自戒に基づくのであって、これは既に日蓮の教えとは違います。むしろ、原初釈迦教団のあり方です。

ただし、国民としてということであれば、既に先に記したとおり、憲法、自衛隊ともに現状維持という見解です。しかし、これはわたしの「日蓮」との脈絡で考えるのは、わたしの内心の話であって、政治的技術論その他は、ここ仏教の掲示板の内容に沿わないというという判断です。

ここの掲示板は過去数年間、宗派的立場を超えた真摯な人々によって、実に大きな成果を上げてきました。このような現場で、政治という観点から、日蓮を見なければならないという視点にわたしは反対であるといっているわけです。それは、ですから、過去にあなたがわたしの投稿を誤読した上で、質問を無視したこととは違い、ネグレクトと批判されることではありません。

実際のところ、真蹟遺文、冨士門下資料、曼荼羅その他の優秀な議論が、まったくとまってしまっていることを政治的観点から仏教を論じようとするの弊害であると残念に思っています。
大学研究室に入り込み、政治を意識しない研究はだめだといっているようなものでしょう。なんでも政治的見地からものを見なければならないという議論は、本来仏教議論に対する政治的干渉以上の意味を持ち合わせないということです。


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