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戦争を考える

156匿名:2005/12/01(木) 00:11:37
> >平安末期から鎌倉にかけては、京セレブの仏教から、民衆救済をめざす仏教へと、新しいうねりが萌芽し隆起してきた時代
>では、それを一々の証拠を挙げて、ここに説明してください。


法然
源信の『往生要集』により、浄土宗を開山を決意し、東山の大谷で庶民に専修念仏を説いた。

親鸞
「善人なをもちて往生をとぐ、いはんや悪人をや」と、悪人正機・絶対他力を唱えた

叡尊
戒律の復興と多くの民衆を救済することによって菩薩と呼ばれた。

忍性
貧民救済、道路・架橋などの生涯を追求。

一遍
念仏の教えを究極まで突き詰め、各地を巡って民衆救済に念仏をひたすら唱えた放浪の僧。

http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/buddhism.html#9
親鸞、道元、栄西、日蓮、一遍などが輩出して、真に民衆的な新仏教が興起。

http://www.kosaiji.org/Buddhism/nippon.htm
仏教が民衆の信仰として確立したのがこの時代だ。

ttp://ch.kanagawa-museum.jp/jyosetu/jyosetu02-6.html
新仏教は不安におびえる武士や庶民を中心に急速にひろまり、中世仏教界の大きな流れをつくることになりました。

http://www.gyoda.co.jp/buddha.htm#kamabuddha
鎌倉時代、日本人自身による独自の仏教が提唱され、貴族の仏教から民衆の仏教への転換が行われました。
 
http://homepage3.nifty.com/54321/nihonbukkyoushi.html#kamakura
こうして鎌倉新仏教は、国家お抱えの仏教から個の人々の救済を目的とする大衆仏教へと移り変わっていった。

http://www.kotobuki-p.co.jp/bukkyousi/kamakura.htm
鎌倉時代には多くの宗派が生まれている。当時は政治の実権が貴族から武士へと移る転換期であり、その一方、天災・飢饉・戦乱などによって民衆の苦悩は深まっていった。しかも仏教史観によれば、末法の時代でもあった。そうした中で貴族階級中心の平安仏教に代わり、民衆の救いへの願いに応える仏教が生まれたのであった。

http://www.kotobuki-p.co.jp/jrekisi/kama.htm
社会の大変動による激動期になると、貴族に代わって武士が台頭し、一般民衆の意識も高まるにつれ、無常観にもとづく末法思想が流行、浄土信仰が一段と高まっていったのである。古代からの土地制度が崩壊し、武士、蒙族の進出によって、国家的仏教は無力化し、民衆はめまぐるしい変動に生き抜く基準や法則、理論が必要となってきた。新しい価値観新しい人生観、世界観を求める時代的背景が渦巻き、古い観念や倫理、体系を捨てた新しい思想が求められる真只中で鎌倉幕府が開かれ、仏教も新しい時代をむかえるのである。


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