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戦争を考える

14匿名:2005/11/15(火) 04:17:18
>6

はじめまして。

>仏教の限界を言うのであれば、まさにそのような限界はあるべきなのであって、国家を容易に左右できる宗教があるのであれば、それこそ「批判」の対象となるべきなのだと思いました。

国家的な立場から考えると、まさにそうだと思います。


>仏教徒ならその立場から物申すことに意味があるのだという話ではないかと思います。

もちろんです。その通りです。


>おそらく今の一連の議論の流れでは「限界」云々を言うべきではなく、
>「限界」などが問題なのではないのでしょう。

そうかもしれません。
これは、私が投稿する前の、議論を読んでいて、思ったことです。
完璧な仏教で国家を形成しなければならないとしたら、国民の生命・身体・財産は守られないと思いました。
その原理主義的なまでの国家論に、限界があるでしょうと言いたかった。

それと、読んでいるうちに、なんだか個人的な立場の主張ばかりに聞こえてしまい、これで反戦を訴えても、むしろ逆効果だという思いもしました。

そもそも憲法改正が国会発議目前まできているというのに、自衛隊が合憲か違憲かでしゃかりきになっている場合ではないのにという思いでもあります。そこを一歩も譲らない議論になるから、逆に「じゃあ、合憲になるように憲法を改正しましょう、それなら文句はないでしょう」という話になります。実際そういう流れで、今日にきているようなものです。本当なら、米ソ東西冷戦の終結後は改憲の必要には迫られず、自衛隊は合憲という解釈でこの先も乗り切れたかもしれなかったのですから。

例えていえば、中国や韓国の反日暴動が、かえって日本人のナショナリズムを目覚めさせてしまうのと同じで、自衛隊は違憲だと、訴えれば訴えるほど、逆効果ということだったということでもあります。

ところが、自衛隊を認める議論をここで言えば、ものすごい顰蹙を買ったわけです。
私は反戦の立場から、護憲をある意味の正攻法的立場で訴えたかった。
とにかく、改憲されれば、自衛隊は違憲だ!という抗議は通りません。当然、海外派遣の要求に対しても、憲法を理由に「人道支援」だけというわけにはいかなくなるでしょう。

戦争に賛成の人は、そうそういるものではありません。意外に思われるかもしれませんが、軍人だって戦争には反対だということをよく耳にします。そりゃあそうでしょう。死ぬかもしれないのですから。海外派遣の任務につかれる方々は、「自衛隊反対!」と叫ぶ人たち以上に、本当は行きたくないということも聞いたことがあります。
そもそも彼らは、日本の国土と国民を守る任務に忠誠を誓っている人たちですから、それ以外の任務は宣誓外のことであり、非常に複雑な心境で海外に出向いていかれるということを聞いたことがあります。それでも、日本の国益のために命令に従い出動しているのですから、仏教徒の立場であっても、私は彼らを責める気持ちにはなりません。


>>国家から抜け出たときに、その限界を超えられるものなのではないでしょうか。
>この一文、よく意味が分かりませんでした。

稚拙な表現しかできませんが、国家がどうあるべきかという執着を離れたとき、ということになるでしょうか。それは、お釈迦さまがされたような出家をしなければできないことかもしれません。しかし、在家の私たちは、まさに国家との限界を認めるところにあるかもしれないと、私は思っております。


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