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戦争を考える

133犀角独歩:2005/11/28(月) 23:10:56

せっかく、戦争を考えるというスレが立ちましたので、わたしはわたしの立場から少し記しておきます。

生まれながらの創価学会であったわたしは、自分が所属している組織というものがどのような歴史的経緯を辿り、社会のなかで他者と関わってきたかという、いわば、歴史から見た客観的な位置というものがわかりませんでした。この点は、しかし、石山末寺法華講に移った時点でもそれほど、意識していませんでした。さらにここを退し、ようやくと門派・宗派を問わず、宗教者と会うようになり、さらに公明党という投票権を得る前から支持政党から、法華講ではアンチ・公明党を経、ここでも自由なスタンスとなって、多くの人々と自分の立場を意識せず、会うようになったわけです。さらに右翼であるとか・左翼であるとか、そんなことも意識せず、誰とでも会ってきました。社会活動という側面、自分の家族との関連から、いわゆる社会的弱者の側に立ってきたという経緯はありました。「会う」とは、自分は自分という一人で何ら所属に執せず、自由に話すという意味を含みます。わたしがHNに犀角独歩を選んだ理由もここにあります。

まあ、そのような自分史のなかで、自分の信念体系圏が、ここの掲示板の名前が示すような「富士門流信徒」であるという自覚は、これら他者からの視線で自覚するに至ります。この自覚は、たぶん、異教者との自由な接点がない限り生じ得ず、また、接点があったとしても、自分の信念体系に固執している限り、見えてこない自画像でもあります。

そのような束縛を超えて、自分の立っていた富士門流信徒とは、その職業集団・つまり石山僧という脈絡のなかにあることは当然見えてきます。そこで、当初、自覚できる他門との差異は創価学会では「池田先生」という日蓮を解釈する砦があり、石山では「御法主上人猊下」という解釈の砦があります。これらは(揶揄でなく藤川さんが天皇を指した言葉を拝借すれば)神聖にして犯すべからず存在であり、この点は顕正会の「浅井先生」も同様なのでしょう。一応、参考の便宜に記せば、正信会辺りでは、これを「日興上人」から「日蓮聖人」を見ようという、(わたしからみれば中途半端な)復古主義となっているのでしょう。

このような宗教的ヒエラルキーから自由になる動きのいったんにわたしはこの掲示板はあると思えます。ここで、では、指導者に代わって「富士門流信徒」を主付けたものは何であったのか、それは、たとえば富士門ネットでいう「本門戒壇の大御本尊への帰一という大目標を掲げる富士門信徒同士が、法華講・正信会・創価学会・顕正会という組織の壁を乗り越え、精神的結束力を高めて、異体同心の戦いを誓い合う場」というスタンスであったのであろうと思えます。また、この基礎は人即法の本尊、すなわち、日蓮本仏論という教学的態度に他ならなかったのだろうと思います。

しかし、ここ数年の議論の結果、日蓮本仏論とは仙波壇林における中古天台本覚思想恵心流口伝法門の焼き直しであるという早坂鳳城師が近年、指摘した点から考えると、中世以降の教学運動であり、日蓮・日興に遡源できないものであったことが闡明になりました。ま

また、彫刻本尊に関しては、問答名人さんがいち早く河辺メモから日禅授与漫荼羅との類似性に着目され、わたしがそれを図形からの鑑別で闡明にしたとおり、日禅授与漫荼羅を原本に臨模・作為した模造品であったことはすでに明確になりました。すなわち、学会を含む石山の信仰対象である<人>日蓮本仏:<法>「本門戒壇の大御本尊」の二つは、ここに瓦解したわけです。


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