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戦争を考える
128
:
犀角独歩
:2005/11/28(月) 11:43:27
120 藤川さん
「有象無象」という表現はともかくとして、この観察は実に正確だと思います。日本史では「鎌倉時代」などという成句がなかば常識化していますが、こんな日本史は、すでに旧説になっていますよね。
要は軍事暫定政権の定着のようなもので、これを、いまの言葉で言う京都に代わる新たな政府としてしまう日本史解釈はおかしいわけですね。
日蓮の思想を端から終わりまで単一に見てしまうとわからなくなりますが、仰るとおり、立正安国論執筆当時
> 初期は「天台法華宗側」=「天皇家の側」
という意志に基づいていたことが窺われます。
しかし、迫り来る他国侵逼という問題を解決するために、京での念仏停止、法華帰命の前例をここ鎌倉、武士政権にも促したのが立正安国論でした。
その後、『法門可被申様之事』のことでは既に天皇御領観は示されるわけですが、これは「国の長」(天皇)を軽視したということではなく、天皇は過去に仏を供養することによって王となった故に法華を持した(比叡山)という過去の歴史をちゃんと踏まえろという弟子の戒めであったということですね。
初期の日蓮は、仰るように尊皇の立場から、国王が法華を持す日本の過去の佳例の実現を目指していたわけですね。これが本門戒壇という思想に晩年昇華していったと見ることはわたしは外れたことではないと考えます。これら日蓮の思想は民衆立という考えはなく、そこにあった考えは、真跡遺文に探れなくとも、やはり、「国主」への視線であったことは本尊抄の記述を通じてみてもわかります。
まあ、しかし、三島由紀夫がどんな気持ちで死んだのかをつぶやくと、それがわたしの考えと矛盾しているだどうだと書かれるのは困ったものです。三島を紹介するとわたしが三島と同じ考えだと思うわけでしょうか。一々に的外れ、言葉が通じません。ただ、三島のような人物は、人間的な意味では好きです。故父が愛した作家の一人としても思い出になっています。その思い出を語ると矛盾だどうだ、なんでこんなことまでけちを付けられなければいけないのでしょうかね。
わたしは藤川さんご承知のとおり、天皇制を批判しているわけではなく、また、何度も記したとおり、自衛隊の存在を否定しているわけでもない。また、政府という概念を否定しているわけでもありません。しかし、現行の在り方には異論があるといっているのに過ぎません。そして、それらに対するここ掲示板で投稿された意見とは異なると言っているわけです。このような微妙なニュアンスがどうも通じない。しかし、この点を適切に読み取ってくださり、横レスをくださる藤川さんには感謝いたすものです。
また、本日、御仁にはよろしくお伝えください。
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