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戦争を考える

117犀角独歩:2005/11/26(土) 23:01:44

> 日蓮聖人は実権を握る幕府(執権)に対して、民衆の側に立って権利を主張した

たびたび異論を述べて恐縮ですが、これは民衆仏法解釈というものですね。
創価学会でも、よく見かける論法です。

立正安国論に限っていえば、日蓮は民衆の側に立ったわけではなく天台法華宗の側に立っていたのでしょう。
念仏停止・念仏者刎頭は、既に京都でその前例がありました。
つまり、日蓮は京都の朝廷と天台法華の有様を鎌倉で再現したということです。釈迦牟尼仏の側に立つということであるように映じます。

ただ、日蓮が鎌倉で寓居していた場所は、遺体遺棄が一般的な当時、そのような場所であったらしいこと、また、鎌倉大地震で、日蓮自身が罹災し、人々と苦難を共にしたようであること、また、板東武者にしても識字率が8人1人程度であったところで、唱題という称名に代わる方式を発案した、(字が読めなくても行ができる)民を意識していたことは事実であろうと思います。

また、「権利」の主張をしたわけではなく、捨邪帰正を主張したのでしょう。ただし、起請文などの起草などの事実を見るとき、辣腕ぶりを発揮しており、当時の僧侶の教養の高さを垣間見る思いがします。

「権利の主張が鎌倉武士の特徴」、おもしろい見解だとは思います。


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