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戦争を考える

106匿名:2005/11/26(土) 00:22:27
>102〜104

>ご本人の自覚とは別に、近代、田中智学師的に解釈された日蓮信仰であるということです。

これは残念ながら、分析が外れています。
私は、日蓮聖人を思慕してはおりますが、日蓮主義者ではありません。日蓮国教化・国立戒壇建立という目的も、私の信念にはまるでありません。ですから、私はこの時点で、日蓮門下ではないといえるでしょう。

>このような歴史的な背景で、日蓮が国体に、いまで言えば、国政に嘴を挟まれることは2度と嫌だというのは、創価学会の言論問題事件ということであったとわたしは考えています。

戦前の日蓮主義運動で戦争を煽り、本来訴えるべき戦争反対が訴えられなかった戦争責任の一端、さらに創価学会の言論問題事件。
これらによって、ある種の政治アレルギーというものがあるのはわかります。ですから、私の投稿は皆さん、恐らく引いておられるのではないか、まあ、そう思います。その程度の「空気」は私にも読めますし、だからこそ、本当は自分の内心については語りたくなかったわけです。私は、できれば淡々と「戦争」を考えながら「憲法」について投稿したかった。しかし、それはもはや許されなかったようで、ここまで書いてしまいまったということです。

>以上のような歴史的な推移と、政教分離という原則に基づくからです。「それは政治の問題である」と記したのは、その意味です。仏教徒は仏の教えによりますが、政治は憲法・法律による。この点は混同できないということです。

とすると、あなたの政治批判というのは、日蓮聖人の影響を受けてのものではないということでしょうか。
書き込みを見ていると、権力に対する批判姿勢はよく見受けられるかと思われます。この度の私の投稿のキッカケであった流れにおいては、それが炸裂していたようにさえ思いました。しかしそれは、仏教徒としての自分からの批判ではなかったということなのでしょうか。

余談ですが、そんなあなたが、顕正会の問題では、権力による取り締まりを強化させることを是と考えておられるわけですね。そのことに関して別のスレッドで「匿名」が投稿した内容は、ご記憶でしょうか。私は、あのときのあなたの一連の投稿から、宗教トラブルの解決に権力の介入を是として煽る様子は、少々危険なのではないかと思いました。
ところが、この度は逆に権力批判が強い。この矛盾というか、アンパランスというか、それが気になりました。

>あなたにとって、国法と仏法は一致するのかどうかわかりませんが、

「国法」というか、それこそ「憲法」です。
国家の最高法規である「憲法」と「仏法」は、一致とまではいいませんが、目指す理念はかなり近い。そんな捉え方をしています。

>わたしにとっては、この二つはまるで違うものです。(国法は仏法、また戒より、律に近いものでしょう)しかし、自分が日本国民である間は、日本国民として、国法を遵守します。しかし、わたしという個人、信仰信条、魂(心と言ってもよいですが)の問題としては仏教によるということです。

「国法を遵守」という書き方をされていますが、そもそも「国法」が「憲法」に置き換えられると、遵守しなければならないのは、天皇、摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員、つまり「為政者側」になります。
私が、日蓮聖人への信仰の立場から、憲法に関心をもつのは、この点なのです。

>しかし、日蓮は政治については口を出していません。為政者の信仰、また、当時は政教一致の時世ですから、その意味から日本国の信仰という側面からものを申したのに過ぎません。ここに日蓮の矜持はあったわけです。

私は、国主諌暁は当時の国政批判及び政策提示と受け止めております。


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