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現代人が納得できる日蓮教学

972犀角独歩:2008/07/22(火) 09:56:38

問答名人さん

「現代人が納得できる」という前提から考えるとき、仰るようなメンタル部分は、やはり、表に立つことになるだろうと思います。日蓮の視線が日本を閻浮のなかの小島に過ぎないとする視点は壮大です。(余談ながら、こうした点からすれば「日本国の諸人にしふし父母」という限定、国立戒壇は齟齬を来します)

創価学会が受容すれば、東洋広布、世界広布(顕正会もこれを模倣して、創価学会の『東洋広布の歌』を歌ったりしています)、戦前の日蓮主義者であれば、聖天主を立てた世界支配と国立戒壇による立正安国の実現といった形で大戦の肯定原理ともなりました。元となる日蓮は、法華誹謗の悪王の国となった日本は、隣国の賢王に治罰されて然るべきであるとしました。

創価学会は昭和末期には1650万人会員を豪語していました。実数はわかりませんが、現勢力は集票力で800万、要活動誌購買会員から類推して250万ほどといわれるます。顕正会や、法華講の人数は少なく問題となりませんが、それら総数が日本の民意のどれほどを占めるか、さらに日蓮門下全般と見なしたとき、どれほどのものであるのか、わたしはそうした確たる統計は知りません。しかしながら、現代の日本人にとって、「日蓮」は、とりわけ、その教えは、どこまで通用するのかを概算することは、あながち意味のないことではありません。つまり、現代の日本人がどれほど納得しているかの指標となるからです。この統計調査は学者に期待します。いまは置きます。

問答さんは「和紙の巻物 ― 御本尊 ― の前で不思議な言葉をくりかえし唱えれば、自分たちの欲しいものを何でも獲得する力が身につく」信仰の実践者であるとのことですが、わたしは、こうした信仰圏は卒業しました。(もちろん問答さんを否定しているわけではありません)

卒業した立場からすると、こうした信仰形態は、実に奇妙に映じます。渡辺照宏師が、具体名を挙げないまでも、こうした信仰様式を「薬そのものには目もくれず、効能書きを書いた紙を一所懸命に拝んでいるようなもの」といったようなことを書いていました。

不信者の感想とは別に信仰はあるとするのは簡単なのですが、こちらのテーマである「納得」という点は、やってみてはじめて納得があるというほか、説得があってはじめて納得があるという点に布教の意義が見いだせます。

取り分け、日蓮の教えは、大乗を標榜し、広宣流布を目指したものですから「弘教」というテーマと納得は切り離せません。

前置きは長くなりますが、まったく仏教を知らない人で、先に挙げたハッサン師の説明のような感覚でとらえている人に、では、どういった説明であれば、納得させることができると思われますか。

取り敢えず、ハードルを設けて、よくいわれる「やってみなければわからない」はNGとし、ロールプレイングのごとく、回答モデルを示してみていただけませんか。


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