[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
現代人が納得できる日蓮教学
963
:
犀角独歩
:2008/07/20(日) 07:19:17
―962からつづく―
しかし、わたしがこうしたアンチテーゼを論ってきたのには理由があります。
たとえば日本の戦前では、日本を聖天主誕生の聖地と見なし、アジアのみならず、世界の中心聖地として、国立戒壇を建立するために世界最終戦争を辞さないといった錯綜が「日蓮」「仏教」をその当人は善意と思いながら、しかし、他者(アジア・世界)からすれば、悪意と映じる道具となったからでした。また、戦後の創価学会は軍隊の役職名を模して組織を構成し、「邪宗撲滅」「折伏大闘争」「東洋広布」「国立戒壇」建立をいい戦後数十年で日本最大の宗教団体となり、いまや政権与党の支援団体となっています。ここで日々、活動、勤行唱題に明け暮れる人々は「日蓮」「仏教」を当人は善意と思いながら半ば強引勧める人々でした。しかし、他者にとって、これほど、悪意に映じるものはなかったわけです。
わたしは脱会後、自己点検・自己観察をする方途として、他者の視線に立ってみる、それも徹底的に立ってみることに努めました。それは主客両視点に立って、次を考えるために不可欠な作業でした。また、新たに知り合っていった人々会話を交わすために、抗したことは不可欠でもありました。
そして、徹底して「他者」に立って、かつての「自己」、すなわち、仏教、取り分け、法華経の、それも日蓮の、特に、富士門下の人々と対峙してみたわけです。
わたしがやはりと思ったのは、本来、善を目指し、慈悲を標榜する信仰であるのに、ひとたび、自分の信仰に反対することを突きつけられると、悪口雑言、人格攻撃に転ずる人々の存在でした。上述した個人が善意が、なぜ、他者にとって悪意と映じるのか、他者になってみたとき、はっきりと身を以て体験できたわけです。この典型はご承知のとおり、顕正会と浅井さんであり、そして「日蓮正宗」でした。また、こちらの掲示板に投稿され、議論から悪口雑言・人格攻撃を露わにした人々でした。そうでなければ、信仰の意図と違えば、その場を去るかどちらかでした。こうした有様は、他者にとって、その人とその教えが悪であるという印象以外は与えません。たぶん、そんなことは少し考えれば、信仰者とてわかることなのです。しかし、感情の爆発を、なぜ、抑えられないのか。他者は、悪い要素を教え事態が有しているからだと思い、教えとそれを信じる人々から遠ざかります。
こうした過敏反応が、日蓮、法華、殊にここ富士門下の“実態”です。しかし、問答さんは、今に至る8年間、いつも変わらず、徹底して、この他者に接してこられた。わたしが深い尊敬の念を抱くのは、そのためです。また、そう接してくださるが故に、このスレッドでの議論は成り立っています。
以上の次第ですから、わたしは、いましばらく「他者」の視点でいくつか問いかけさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板