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現代人が納得できる日蓮教学

962犀角独歩:2008/07/20(日) 07:18:44

問答名人さん

私事恐縮ですが、故母は、長いときは1日4時間も唱題をしていた人でした。
わたし自身、中学1年から朝晩の勤行1日1時間の唱題は欠かしませんでした。正本堂建立は高校時代で、学生時代は、創価学会は「広布第2章」の時期、換言すれば昭和52年度路線のまっただ中でした。当時の創価学会教学は、所謂会長本仏論で「池田先生は日蓮大聖人の生まれ変わり」といったことがまことしやかに囁かれた空気の中で青春時代を過ごしました。

生まれながらの「日蓮正宗創価学会」で、入信から数えれば50年を超え、勤行をはじめてからでも40年を超えています。新参の人々とは格段の時間経過です。人生の大半は、この信仰圏で生きてきましたから、ここで語られることがすべてであり、すべての中心、真実であると思っていたわけです。親戚一の貧乏家、姉は障害者で、ひどい差別と迫害の中を生きていました。その中で、頼りになったのは「日蓮正宗創価学会」だけで、自分を支え、勇気と希望、「生命力」を与えてくれたのは勤行唱題と、組織・活動でした。所謂「信仰体験」の体験発表を言われれば、一晩掛けても語り尽くせないほどあります。

しかし、それでも、わたしは、このスレッドで問うてきたのです。
所謂「本門戒壇の大御本尊」が日禅授与本尊が原本としたものであることにいち早く気が付かれたのは問答さんでした。生まれながらの「日蓮正宗創価学会」であったわたしにとって、この本尊が本物であるとか・偽物であるとかを論じることが事態が謗法であると骨の髄まで思わされてきていました。本尊の写真撮影の厳禁、まして、図形として扱うなどもってほかという操作にまんまとはまっていたわけです。たぶん、こうしたタブーを超える勇気を与えてくれたのは、2000年来の問答さんとの議論であったと思います。そして、わたしはおそるおそる「戒壇本尊」と日禅授与を図形処理し重ねてみました。この中央首題がほぼ重なったときの衝撃は親の死に匹敵するものでした。いや、それ以上であったかも知れません。

ご承知のとおり、わたしの社会活動は既に15年を経過しようとしています。脱会後、わたしが知り合ってきた多くの知識人、そして、脱会とその後を支援してきた人々は、それまで「日蓮正宗創価学会」で占めていた知人の質と根本的に異なっています。40才は、わたしの人生の転機でした。この第二の人生で知り合ってきた多くの人々に接するときに、殊日蓮、殊仏法というときに、いったい、何が語れるのか、いや、何を勧められるのかということが、大きなテーマとなりました。メディアの取材を受けたとき、わたしが脱会後の感想として語ったのは「人間は宗教無しでも生きていける」ということが生まれながらメンバーであったわたしにとって驚きの発見であったということでした。しかし、医学を含む、科学は人間をプラスマイナスゼロの状態にするものの、湯川秀樹博士の名言を待つまでもなく、科学は善でも悪でもありません。これを使う人間によって善にも悪にもなるわけです。つまり、人間の善への進歩は科学に拠ってではなく、宗教、または哲学といった人間の善意を考え発展させる叡智によって培われるものである。つまり、人間はたしかに宗教無しで生きていけるけれど、より自己を高め、そして、進歩させるために宗教はたしかに大きな役割を担っていることに、また、わたしは戻っていったわけです。もちろん、ここでいう宗教は、小田晋師が指摘された宗教団体信仰ではありません。渡部照宏師が日本人の善意を育ててきたのは仏教であったと書きましたが、それはまったくの事実でしょう。アジアで非暴力と慈悲の実践をする人生を与えてきたのも仏教であったでしょう。となれば、仏教は人々の善意を育て、そして、精進させる力を有しているわけです。さすれば、仏教者は自信を持って仏教を人に勧め、人をして精進せしめ、善をもって社会を変えていくことも勧めればよいことになります。たぶん、わたしがまずアンチテーゼとして、掲げてきた天台・日蓮の過誤、経典の創作を論じる殊への反発は、そうした仏教の善い面を無視、冒涜する発言と映じてきたからであったろうと、観察しています。


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