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現代人が納得できる日蓮教学
932
:
犀角独歩
:2008/06/07(土) 09:11:11
> 「現代人が納得できる日蓮教学」という場合には、とりあえずは、日蓮の言説及び日蓮が依拠したところの法華信仰のカテゴリー内で考察を加えていく
うーん、どうでしょうか。
こちらのテーマの議論は、経典は仏陀が説いたもの、法華経はその最勝で無謬、天台教説は無謬、日蓮の御立法門は無謬といった前提で、「仏意仏勅を受けた唯一絶対に正しい」とされてきた‘日蓮教学’はしかし、経典は仏陀の説いたものではない、法華経は後世の創作、よって、天台教学も、日蓮教学も、その最勝の前提の崩壊したうえに立つものだから、無謬とはいえない、それでも、なにか日蓮教学で現代に通用するものがあるかどうかという議論です。
ですから、「日蓮の言説及び日蓮が依拠したところの法華信仰のカテゴリー内で考察」しようとするものではないと思います。
> 「お宝鑑定団」は、依頼する側も鑑定する側も、ある種の経済がらみでの行為…こちらでの議論は、直截に自身の経済行為に結びつく…わけではありません…全く異なります
たしかに、こちらの議論は経済に結びついていません。しかし、「本門戒壇の大御本尊」という彫刻は、戦後、50年で、創価学会を日本最大の宗教団体に一説に拠れば、5兆円資産を形成させました。そして、公明党を与党にして、日本の政財界を凌駕しています。また、石山ではこの彫刻の開帳料をとっているわけで、この集団の中心的な収入源になっています。この彫刻、「経済がらみ」でないですか。
ただ、わたしを含めて、その彫刻の真偽を問うものは、経済がらみではありませんが、元より、こんなものが本物であるわけがないと考えている人からすれば、学会を含む石山圏の真偽論は、あたかも「お宝鑑定団」のように映じるというわけです。わたしは、そうした外部の視点や、意見に真摯に耳を傾けるといった話です。単に言下に否定するより、何故、外からはそう見えるのかといった議論に発展するほうが意義があると考えます。もはや「お宝鑑定団」と映じてしまった人に「いや、違う」といってもあまり効果がありません。主張の方法を変えるほうが発展的な議論と理解を深めると考えるからです。
ただし、そもそも本尊の真偽を問うことは不敬、謗法だという信仰者から「お宝鑑定団」だと非難される謂われはありません。
もう一点、わたしが一字三礼さんに意見をしたのには二つ理由があります。
一つ。「人が何に価値を見出し、何を探究するかは、他人がとやかくいうことではありません。」といった投稿は議論を打ち切ってしまうからです。
一つ。「極めて偏狭な知識に独断と偏見、プロパガンダを織り込んだ主張を続ける者と、確かな資料を基に、論証を試みる学的な姿勢を崩さない人達とでは、まったく違います」という発言は、そもそも主語がありません。いったい、誰のことを言っているのかを記さなければ、議論にも反論にならないでしょう。他で投稿した宗麟と名乗る人もそうですが、具体的に相手を特定せず、非難だけを記すような投稿の仕方は、わたしのルール違反だと考えます。
殊に一字三礼さんの投稿の直前は‘彰往考来さんとわたし’、彰往考来さんはまた、‘行明師とわたし’の関連で述べたことを記したわけですね。読む人によっては、「極めて偏狭な知識に独断と偏見、プロパガンダを織り込んだ主張を続ける」犀角独歩、「確かな資料を基に、論証を試みる学的な姿勢を崩さない」彰往考来さん、もしくは「極めて偏狭な知識に独断と偏見、プロパガンダを織り込んだ主張を続ける」中村行明師、「確かな資料を基に、論証を試みる学的な姿勢を崩さない」犀角独歩 …後者の比較と思う人は希でしょう… という意味で記した投稿と思う方もいるでしょうね。
名指しで「極めて偏狭な知識に独断と偏見、プロパガンダを織り込んだ主張」と非難すれば、こちらの投稿規定に違反しますが、主語がなければ抵触しません。この手の投稿の仕方にはわたしは異議があります。
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