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現代人が納得できる日蓮教学

750犀角独歩:2006/05/08(月) 08:10:05

当スレは「現代人が納得できる日蓮教学」というテーマで、議論をしてきました。ここで、真蹟主義、また、厳正な文献重視が行われるのは、そのような資料に基づかない議論は、文字通り、現代人が納得できる日蓮教学ではないからです。

わたしは嘆息を禁じ得ないのは、当テーマは、けっして、現代人が納得できる日蓮本仏論ではないということです。

日蓮本仏論は、現時点における学説的な結論としては、日教の影響を以て、祖滅200年頃に濫觴を見るとというの一般的です。
祖滅とは弘安5(1282)年です。もし、仮に『表白』が日順によるものであるとし、その作が文保2(1318)年であるとすれば、36年後のことです。これは半世紀前の『五人所破抄見聞』を妙蓮寺日眼とする従来の説から求められた祖滅99年説より、さらに60年以上も遡ることになります。この主張をなす説は、わたしは不勉強にして、顕正居士さんのご投稿以外では知りません。

万が一、これが正鵠を射たものであったとしても、それでも、日蓮本仏論は、日蓮が寂したのちの説であることに何ら変わりはありません。つまり、日蓮その人の主張ではないということです。また、これは『開目抄』の一伝播である「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」を根拠とする日蓮本仏論とは、文殊さんの好む語彙を用いて言えば、まさに径庭があります。

なお、日寛の説を執行師は日教の影響としますが、顕正居士さんが「郷門の思想と尊門の思想を折衷統合した」とされることに、わたしは賛意を覚えます。やや、付言すれば、では、言うところの郷門を日我を膾炙とすれば、それは先に独学徒さんが仰ったように、今度は、日教、日有の影響と思われる如くもあります。

日寛(1665-726)に至る、富士門各山には、当然、通用があり、どこがどこに影響を与えたというより、「この点については、ここから興り、しかし、こちらの点は就いては、多のここから興った」という複数発生であると共に、さらに相互に影響を及ぼしあっているうえ、禅門、隆門、また仙波檀林等、他門からの影響も相俟っているので、この点を一筋縄で述べてしまう単純化は、事実から乖離するものであると思えます。


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