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現代人が納得できる日蓮教学

713犀角独歩:2006/05/04(木) 15:05:05

重ねて文殊さん

> 石山…良い所

とは、具体的にどのようなことでしょうか。

> 宗祖は門下に曼荼羅本尊を授与し師弟の絆を契約し
> 二品読誦を勧めています

『創価学会批判』のなかに「この流の面白い点は何等相互関係のない遺文をさもありそうに関係づけることの多い事である」(P11)と、その悪き特性を指摘しています。悪意であるのか・ないのか、あなたもまた、その悪弊を引きずっています。

日蓮が漫荼羅を授与し師弟の絆を認めたのは事実ですし、二品読誦を修行としたのも事実です。しかし、この二つが一つにつながるのかというのが、当掲示板の一連の議論です。

つまり、日蓮は漫荼羅に二品読経をした挙証を求めてきたわけです。それにも拘わらず、真蹟遺文から何ら相互関係が確認できない二つの事実をさもありそうに関連づけてしまう点は看過できません。

日蓮が漫荼羅を本尊として、方便寿量の二品読経を勧めたというのであれば、その証拠を挙げる義務があるということです。

また、日蓮が勧めた二品読経とは、真蹟にはそれは見られませんが、写本遺文まで目を広げれば、

「常の御所作には、方便品の長行と寿量品の長行とを習読せ給候へ」(月水御書)
「方便品の長行書進候。先に進じ候し自我偈に相副て読たまふべし」(曽谷入道殿御返事)

あなたは「宗祖は…二品読誦を勧めています」と言いますが、上記二写本が真筆であったとして、ここで勧められている有様は前者は方便品長行・寿量品長行、後者は方便品長行・寿量品自我偈であり、現石山が行うような方便品十如・寿量品長行、もしくは自我偈という唱え方とは異なっています。それにも拘わらず、恰も日蓮の勧めた読誦が、現行の石山二品読誦の如く記すことは、難じざるを得ません。

なお、釈迦本仏(身延)、日蓮本仏(石山)という点については、先に記したとおりですが、敷衍して述べれば、日蓮の教説である釈迦本仏と、中世の改竄である日蓮本仏の二つの教学的態度があるのであって、これは身延対石山の対比ではありません。日蓮教学と改竄教学の対比です。

当掲示板は、日蓮の素意の描写を文献証拠から探るのであって、改竄教学をして日蓮・日興の教学であるといった虚偽は断じて看過しません。また、日蓮の建立でもない彫刻を日蓮に関連づけたり、各種捏造の偽霊宝類を看過することもできません。そのような悪事を放逐して、善い所を云々するなど、話にならない所論であるといっているのです。


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