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現代人が納得できる日蓮教学
546
:
パンナコッタ
:2006/03/30(木) 14:22:40
文殊さんの問いに対する、独歩さんの答のおまけ的なものとして、
一代聖教大意は、
【本抄は『法華経』が釈尊の一代聖教の中で最勝なることを説いている。すなわち前半は教相面から天台の五時八教判によりそれを示す。
まず化法の四教たる蔵通別円について細説し、最後円教に爾前の円と法華涅槃の円があり、爾前の円は二乗不成仏なる故に真の円教にあらずとしている。
次に華厳・阿含・方等・般若・法華涅槃の五時から、『無量義経』に「四十余年未顕真実」といわれた後に説かれた法華涅槃が爾前に勝れることを示す。
但し、本抄最末に「法然上人も一向念仏之行者ながら、選択と申す文には雑行難行道には法華経・大日経等をば除かれたる処もあり。」とあって、
『大日経』を『法華経』と同位に置く台密の五教教判に近い教判であったことをうかがわせる。次に後半においては観心門たる一念三千成道論から『法華経』の最勝を論ずる。
すなわち爾前経にも一往悪人・女人・二乗の成仏を説く経はあるが、それはあくまで歴劫修行改転の成仏にして、十界互具・当位即妙不改本位・一念三千の即身成仏にあらず、
『法華経』のみがそれを説く故に勝れるとしている。ここに注意すべきは「妙法を一念三千ということ如何。」との設問から、それを説明する段で、
中古天台文献に見られる「八舌之鑰口伝」が引用されていることである。これは五時を述べる中、方等・般若時の山門寺門の異説を挙げ、「秘蔵之大事之義には」と
自説を述べられていることも含め、この時期の宗祖の修学の範囲及び傾向を示すものである。最後に浄土教からの、『法華経』は難行にして末代凡夫適時の法にあらずとの難に対し
反論が加えられている。但し、その反論は後の「守護国家論」等に対すれば、与えて論ぜられた消極的なものである。
なお、同年に系けられる「四教略名目」は本書の下敷きとなるものと思われる】
【日目本には年次の記載がない。日朝本目録に「正嘉二年戊午」とあり、刊本録内には「正嘉二年二月十四日」とあり日奥目録がそれを踏襲、
境妙庵目録、日諦目録、日明目録はこれを踏襲する。浄土教への批判が「守護国家論」などに比べて消極的であるところ、この時期に比定される】
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