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現代人が納得できる日蓮教学
535
:
顕正居士
:2006/03/24(金) 19:15:04
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1017873018/l50
の538番から続きます。こちらがふさわしいですから。いわゆる五時の説について。
さて、したがって五時八教の中で応身仏の説は第二時の蔵教だけであります。そほかはみな
報身仏の説です。ただし天台家の三身説は世親説と開合の異があり、通途の応身を劣応身
といい、報身を勝応身といいます。それではこれはどうなるのか。
「阿含十二、方等八、二十二年般若談、法華涅槃共八年、華嚴最初三七日」(伝湛然五時頌)
天台学の入門書として諦観の『天台四教儀』が最も用いられましたが、智旭(藕益大師)は
『教観綱宗』を著し「通別五時」を論じ、「蓋シ一代ノ中、隨宜ニ聞ク者ニ即チ説ク耳」(法華玄義)
等の文を示し、「智者章安ノ明文此ノ若シ。今人絶テ寓マ目ニセズ。尚ホ自ラ阿含十二方等八
ノ妄説ヲ訛伝ス、害甚ダ大ナリト為ス」と批判しました。以後、『教観綱宗』は必読になりました。
参考 「法難と五時八教」
http://www.kosaiji.org/hokke/tendai/kyogi.htm
次に法華経の教主は劣応身ではないかの問題。たしかに見た目に劣応身ですが、天台家は
これを報身と判じます。「開顕の教主は従劣弁勝なるが故に、三十二相、相相尊特なり。なんぞ
報身にあらざるや。ここをもって宗の師、垢衣内身実是長者と判ぜり」(台宗二百題・法華教主)
法華経は阿含経の結構を借り、教主も見た目は応身であり、巧妙に会三帰一を表現しようと
したからこそ、第五時の説、摂末帰本の法輪、諸経の眼目とされた。つまり、歴史的仏陀の説
を毘盧遮那仏の単なる貧弱な投影とはせず、報応二仏の教説の一体性を重視した。日蓮家の
法華尊重の意図も同じであって、決して諸経から法華のみを「撰択」するのではありません。
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