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現代人が納得できる日蓮教学
495
:
れん
:2006/02/17(金) 16:53:25
彰徃考来さん
法華本門宗要抄について、西山本門寺開山の日代師は「法華宗要集事〈聖人御作云々、自下野国出之〉/於文句者、雖為当家助成、一向非聖作疑書也、定後学可迷惑歟、日代門徒不足許用、仍記之/延文五年六月晦日 日代(花押))」と述べており、本書を偽作と断定しております。祖滅78年にはこの書が現われているのは注意すべき点です(祖滅50年頃云々は記憶違いでした)。さて、代師の上記書に「下野国出之」とありますが、三宝寺本録外御書写本の法華本門宗要抄写本奥書に「抑此御書者真間花蔵坊小浜長源寺日源於下野国〈富士門流石田法華堂〉以御自筆正本書写之。日源示日中如斯」とあり、その石田法華堂が日尊門流寺院であったことは、日辰師の「祖師伝」日尊伝に「又同国〈下野国〉有里名石田。師(日尊)於石田立寺」とあり、石田法華堂は現在は不明なるも、室町末期まではその存在は確認でき、かつ日尊開山の寺院であったことが了解されます。よって代師が言う下野国とは、具体的には上記資料により日尊師開山の石田法華堂に比定でき、かつ、その石田法華堂に疑(偽)書である“法華本門宗要抄”の蓮師“御自筆正本”なるものが存在していたことを考えますと、法華本門宗要抄の作成は、関東日尊門流によるものと考えざるをえないものであり、よって私は先の投稿において、法華本門宗要抄は尊門による偽作と記しました次第です。そのものズバリという文献はありませんが、法華本門宗要抄の周辺の文献を調べますと、以上の結論が得られたのです。右、ご参考まで。
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