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現代人が納得できる日蓮教学
493
:
れん
:2006/02/16(木) 19:26:00
顕正居士さん
491
>日蓮の神秘体験はむしろ忍難弘教の歓喜体験…天国型でも地獄型でもなく闘士型・革命家型というようなより一般的なもの…
私もそのように思います。文永八年の弾圧までの日蓮の宗教活動は天台復興運動が内実とでもいうべきものでしたが、文永八年の一門弾圧と日蓮自身の佐渡流罪は、日蓮の法華経色読の自負と不軽自覚をもたらし、天台学を基礎にしつつも独自の宗教思想の形成をもたらしました。その点からいえば日蓮のそれはまさに忍難弘教の歓喜体験であり、ご指摘の通り天国型でも地獄型でもなく闘士型・革命家型というようなより一般的なものと言えそうですね。
>しかし『如説修行抄』などを後世成立の文献とし『諸法実相抄』などを真書〇滅の文献と想像することも可能
如説修行抄は日尊本と称する写本が石山末富久成寺に現存しますが、本当に日尊の写本かは疑わしいでしょう。他に信頼できる尊師の書跡が無い以上、富久成寺本を日尊真蹟と断ずるのは危険と思います。尊門は祖滅六十年頃には法華本門宗要抄を偽作してますから、これも、尊門成立の文献と見ることも可能であろうと存じます。諸法実相抄については研さんが行き届いてないので何とも言えませんが、身延山三世日進師の立正観抄写本に最蓮房云々と見え、蓮師門弟に確かにその人物がいたと考えるのが至当と思われますので、最蓮房関係の祖書と言われるものすべてを排除するのは不可で、むしろ、如説修行抄よりかは諸法実相抄の方が日蓮遺文である可能性が高いと存じますので、仰る通りの想像は可能と思います。
>日蓮は原理主義者ではなく、本覚主義者であったという理解のほうが長い歴史がある…
日蓮のそれは、四信五品抄にある「現在四信之初一念信解与滅後五品第一初随喜、此二處一同百界千如一念三千寶篋、十方三世諸仏出門也…制止檀戒等五度一向令称南無妙法蓮華経、為一念信解初随喜の気分也。是則此経本意也…」の文を参照するに、一乗(法華本門)の仏因を修行して一乗の仏果を確信するというような感じで、単なる本覚主義者とも若干異なる感じがします。それはまさに日蓮の忍難弘教の歓喜体験のなせるわざと言えるのかも知れません。
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