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現代人が納得できる日蓮教学

454犀角独歩:2005/12/09(金) 20:56:28

顕正居士さん

重ねてご教示、まことに有り難うございました。
文は少なく、しかして重厚なご教示でありますので、軽々に言を吐いては折角のご教示を黷しかねませんので、ゆっくりと熟考させていただく所存です。
殊に四明天台、玄旨帰命について、考えてみます。

等覚一転名字妙覚について、日寛は「当流の口伝(本因妙抄)に云わく、等覚一転名字妙覚云云」と言いますが、どうもこの根拠を見ないと考えておりました。
また、明治の本門講答弁では「諸氏不軽を菩薩地即妙覚…不軽は是観行初品の位…何ぞ即妙覚ならんや、不軽修行の上・転じて妙覚の釈尊と顕るゝなり、等覚一転名字妙覚」などと記します。前者、本因妙抄とする点は、首を傾げざるを得ませんが、ご教示をいただき、その原形が、さらに口伝され、種々拡大解釈がされてきたのだろうと思えました。

また、天台遺言については、天台を小釈迦、像法の迹仏と見なす教学態度に泥みやすい富士門にあって、目が覚めるようなご指摘であると存じます。やや、検索した見たところ、
「41段までいった人は古往今来、龍樹と無著の二人だけである。中国の南嶽慧思禅師が10段目、天台大師は臨終に弟子の智朗が「師はいずれの位に居るや」と尋ねたのに対して「我れ衆を領せずば必ず六根清浄の位に至らん。されど、利他の為に己を損して只、五品弟子位あるのみ」といって、9段目までしかさとれなかったと自ら告白して死んでいるのであるから、いかに仏のさとりが高遠であるか分かる」
http://www.shinran.ne.jp/nihongo/page1.html
(ただし、このHPについて、よく読んだわけではありません)

以上のような記述は、天台を見る視点として重要であると思った次第です。

> 六根清浄位…架空の事柄…見破り、名字即成の思想が完成

このご卓見には唸りました。


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