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現代人が納得できる日蓮教学

440とんび:2005/12/06(火) 18:48:59
犀角独歩さん、こんばんは。

 引導師・・・からの引用は、大石寺法主の言葉でなく、真跡違文からの引用
でしょうか。私は、真跡在・偽書の区別は詳しく存じていません。現在持って
いるのは、大石寺版平成新編御書です。ですから、ここが元になっています。

 似たような、言葉が
 草木成仏口決にあると思います。
「有情非情の成仏の事なり。其の故は我等衆生死する時、塔婆を立て開眼供養するは
死の成仏にして草木成仏なり」と。
 これはどういうことでしょう。生きていた人が成仏出来ずに、亡くなったが、死後に
お題目・法華経を供養すると、亡くなった人が成仏する。
 そういう事ではなく、ただ単に死後の肉体が・草木と同じ存在が、お題目・法華経の供養
によって、仏性が顕れ成仏すると。

 たとえば、石ころや草木も、法華経を保つ人が、お題目・法華経を草木に供養して
あげないと仏性があっても成仏できない..ということでしょうか。

 余談ですが、有情・非情について、日蓮さんは、草木成仏口決に
 「我等一身の上には有情・非情具足せり。爪と髪とは非情なり、きるにもいたまず。
其の外は有情なれば切るにもいたみ、くるしむなり。一身所具の有情・非情なり」
 とありますが、これに加えれば、歯や排泄物がありましょうか。
 肉体に於いても、ミクロの世界に入れば、痛みを感じる神経細胞のないところを、
ミクロ単位の針でつつけば、痛くないので非情になると思います。

 また、手術で、体内の臓器を取り出せば、その時に有情から非情になってしまうと
いうことで、有情・非情の区別は、細かく論ずるとなくなってしまう..ように思い
ます。


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