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現代人が納得できる日蓮教学
4
:
顕正居士
:2005/07/16(土) 13:36:50
現代仏教徒は各宗各派の教理の相違をどう考えるべきか?
高遠な考察はしばらく措いて、できる限り単純に実際的にこれを考えてみる。浄土真宗、日蓮宗等と称するのは
仏教の中の宗だからである。また何々派と称するのはある宗の中の派だからである。したがって派祖の見解が
宗祖の見解と相違すれば、宗祖の方をとるべきである。宗祖の見解が仏陀の金口と相違すれば、仏陀の金口
をとるべきである。これ以外にあり得ないから、少なくとも建前では皆が承諾して来た事柄である。
では何をもって仏陀の金口とするのか。顕教では2500年前に閻浮堤に出現された仏陀釈尊が実際に説かれた
教えである。そうでないと云った人はいない。昔から偽経、偽論ということも云った。したがって後世成立の経典
の説の中で著しく仏陀の直説と相違するものは仏陀の金口の延長解釈とすることはできない。
現実に存在する経典は北伝、南伝ともにその大部分は後世の加上である。須弥山宇宙など自然科学未発達の
故の説は仕方がないが、歴史的な事実の記載の誤り、道徳上大いに問題とすべき教えなど、無益有害の部分
が実際には少くない。ディグナーガ(陳那菩薩)は仏教においては外教のように聖教量を立てるのは不可である
と決択している。経典の説は経験と推理に合致するがゆえに採用されるに過ぎないからである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B3%E9%82%A3
ゆえに後世の加上であり、かつ科学、道徳とも合致しない説は仏陀の金口ということはできない。ただしこれを
反対にいえば、仏陀の金口から発達し、かつ科学、道徳と合致する宗祖、派祖、その他の師の説はそれぞれ
の宗や派の伝統教義として尊重されるべきである。
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