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現代人が納得できる日蓮教学
379
:
湛寂の潭に溺死
:2005/11/01(火) 16:58:11
>>376
パンナコッタさん
>嘉納治五郎や千葉周作といった人たちが成した功績は、
>それまで名人や達人と呼ばれる人の技を理論体系化し、
>一般の人たちに普及させたという事実がある以上、
>そうとも言い切れないと思います。
スポーツとその普及の意義は私も認めます。
しかしスポーツはスポーツであり、武術・武道とは別物です。
同じことは宗教にも言えるでしょう。
>むろん、パーリ語訳が2500年前そのままなのか?
>と言った点もありますけど、
そのまま保持されていると考えるのは、すでに信仰の領域ですからね。
リンク先の「頼りになるのは覚者だけ」という項には
次のように書かれてありました。
>そんなわけで、2人は大変ありがたい存在でした。
>2人はお釈迦さまより先に亡くなったのですが、お坊さまたちが、
>お釈迦さまのそばに2人がいないのを見ると、何かすごく寂しく感じたそうです。
>我々が普段言う、普通の意味での「寂しい」ではなく、何というか、
>誰もいないような感じがするのだそうです。お釈迦さまが、
>彼らほどほめた人物は他にはなかったのです。
>とにかくお釈迦さまは出家者にとっての模範は、
>サーリプッタ尊者とモクレン尊者だと、繰り返して言われました。
このように、2500年も昔に死んだ男を、わざわざ現代人が理想化して
崇拝し、頼りにするよう説得するには、それをいじくりまわし、隠蔽し、
妄想することが不可欠だということ、そのことがよくわかります。
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