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現代人が納得できる日蓮教学
35
:
犀角独歩
:2005/07/20(水) 08:57:43
問答名人さん
> 『我此土安穏・天人常充満』と法華経…俗化した密教と軌を一…或いはどう違う
まず、整理したいと思いますが、挙げられる経文は言うまでもなく自我偈です。
一方、常楽我常は涅槃経の所説ですから、この偈が契当すると言えば、法華の涅槃的解釈と言うことになるのでしょうか。
少し調べてみましたが、常楽我常は涅槃経の哀歎品等に説かれることのようです。あと、延命十句観音経の
「観世音 南無仏 与有因仏 与仏有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念念従心起 念念不離心」
というのがあるとのことでした。
たしかに、学会を含む石山門下では常楽我常は特記されるところで、たとえば、石田次男氏なども、四大真徳といい、これを取り上げていた記憶があります。
以上の前提で、天台が言う三妙合論はたしかに仏の常住、その国土の常住、安穏を言う如くで、常楽我常と類型と感じさせます。
ご質問の意図は、やや斟酌しかねますが、涅槃経にいたり、常楽我常は説かれるところの、密教との関連ということでしょうか。
法華経の編纂成立は紀元前100年から遅くとも300年頃までということのようです。
その後、早い時期に漢訳され、天台も解釈を付けますが、その頃、密教はまだ中国には伝わっていなかったわけですね。では、インドにおける密教は?ということになりますが、この辺りはどうなのでしょうか。仏教の密教と言うより、インドの雑多な信仰形態が仏典と称されるものと一緒に持ち帰られ、中国で仏典として扱われたと考えたほうがよいように、どうもわたしには思えます。ヒンドゥー教と一言で言うとあまりにも大雑把すぎますが、ともかくベーダー以来の呪(まじな)いやらなんやらが結局は仏教といわれるものと習合して成立していくのが密教であって、どうにも、定義することに困難を覚えます。密教は小乗・大乗を超えた金剛乗だと言うわけですが、わたしはこんなものが仏教だとは到底思えません。俗信、迷信、呪い、祈祷といった類に映じます。これを仏教という気は起きません。しかし、信者のニーズはこちらのほうが大きかったのでしょうか。大乗経典成立時に、既に金剛乗の影響があったかどうか。どうでしょうか。
また、その密教の成立が、法華経、涅槃経に影響を与え、仰るような常・楽・我・浄という、無常・苦・無我・不浄(染?)の逆転的な発想として固定したのかどうか。わたしにはよくわかりません。どなたか補完していただければ有り難く存じます。
やや、資料手放しで記します。
現代風の言い回しをすれば、仏は衆生の最終様態と言うことになりますから、その常住を言い、常楽我常とそれまでの教えを180度逆転させてもよいと、一応は言えるのでしょうか。しかし、これが直ちに衆生全般に当てはまるとは思えません。「時我及衆僧 倶出霊鷲山」と仏僧(梵本では、たぶん、仏と四衆(比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷)を意味していたのであろうと思いますが)が霊鷲山に現れることを示します。
その条件として、「広供養舎利 咸皆懐恋慕 而生渇仰心 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見仏 不自惜身命」と舎利供養・不自惜身命という条件が示されています。六道の衆生は有為転変にあり、無常・苦・無我・不浄(染?)なのではないでしょうか。しかし、霊鷲山は違うという、ここに聖地信仰が成立している如くです。
この霊鷲山信仰とも言うべき、法華経の際だった特徴が、の三宝の常楽我常を示す如くで興味が惹かれます。
個人的な意見を言えば、常楽我常を言ってしまった仏教は、当初の釈尊が確立した無常・苦・無我(・不浄(染?))のいっさい逆を言い、つまり、その前の状態に戻り、元の木阿弥となり、ここに仏教は終わったように、わたしには感じられます。それは大乗から、密教という仏教ではない教えの幕開けと軌を一にしたとは言えるのかも知れません。
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