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現代人が納得できる日蓮教学

237犀角独歩:2005/10/04(火) 17:14:38

Pohさん

さて、先に法華経題に関する松山師の講義をやや紹介し、まあ、答えとしたわけで、逐一レスは長文になるからやめようという提案も賛成なのですが、何点か、コメントをしないと齟齬が生じることもあるので、最低限の部分だけ、レスさせていただきます。
まあ、書かないつもりでしたが、お互い一種の職業病でしょうか(笑)

> もし余計なお世話だったら、お詫びに今度ビールでもおごります(笑)

いえ、余計なお世話ということはなく、また、この前、ご馳走になりましたから、むしろ、お返しをするのはわたしのほうでしょう(笑)

> 3)……むしろインドから見れば、異文化・異民族の地であり人々

これは、そのとおりだと思います。
法華経制作者は、インドというか、実際に話題にしている場所を知らないのだろうと思います。その第一が霊鷲山の記述で、「万2千人」の弟子と一緒だったというわけです。
実際、わたしもインドに行っていないので偉そうなことは言えませんが、インドに四半世紀いた行明師に聞けば、本当に小さな山…、というより高台、丘のような場所で、そんな人数がいられるはずもないとのことでした。つまり、法華経創作者は、実際の霊鷲山ではなく、たとえば日蓮が「霊山浄土」などというのと同じような神秘化された別天地をイメージできる距離を置いた場所でイメージしたのでしょう。

> 6)…後代の加筆修正

この点は、一字三礼さんも触れられている点ですね。
むずかしい。まず梵語に関していえば、まったくこの点ではわたしはお手上げで、学者諸姉の研究を参考にするしかありません。けれど、可能性はあるだろうと思います。

では、漢訳はとなりますが、翻訳終わり次第梵本を捨て去る中華方式は驚く以外ありませんが、反面、そのため、以降の再翻訳・考証はできずテキストは固定化したというのが実際のようですね。ただし、日本で流通する妙法華も諸本ありで、端的な例を挙げれば、版を買って「大石寺版」とする妙法華(信者を馬鹿にするにも程がある!)は平楽寺版だと思いますが、実はこれは日蓮が使ったものとは違うとのことでした。

また、Pohさんもご指摘のとおり、27品が途中から28品になったわけですから、これは加筆というか、編集ありということになります。

> 商工業者の支持を得ていた

これは長者窮子の譬えなどからも法華経と貨幣制度=商工業の関係は窺えるでしょうね。今さらいうことではありませんが、シャキャムニの時代は貨幣制度は、発達していませんでした。お坊さんには嫌な顔をされるでしょうが、初期教団は、そもそも金銀財宝で供養を受け取ることを禁止していましたし、なにより、財産どころか、食物すら貯蓄することを禁止していました。それは原始釈迦教団の偽らざる実像でしょう。

> 法華経制作者集団の境遇に関しては、いまだ謎

まったくそのとおりですね。


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