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現代人が納得できる日蓮教学
231
:
一字三礼
:2005/10/03(月) 21:08:03
法華経等の経典が纏まるまでの経緯を三枝充悳師は次ぎのように図式化しています。
「a核が生まれる、b原初形が成立する、c伝承され、その間に増広や補修や整備や追加などがあり、ときに抄出もある、d固定して現在形が完成する…したがって、a核が生まれたあと、それが運動をつづけるだけにとどまらず、やがて経の成立を見るものであるならば、そこには必ずさとれるもの=仏が臨在したにちがいない(その仏は釈迦仏ではなく、以下「無名の仏」と呼び、漢字の「仏」を用いる)。この無名の仏のさとりが核にこめられて、やがて経の形式をそなえてb原初形を採り、そこですでに経ではあったけれども、なおcの伝承を経てからd の現在形にいたる。このようなa〜dの系は上述の①〜⑦のそれぞれにすべて共通し、または①のなかの複雑で種類も量もきわめて多く大きい諸般若経の一々(私の分類によれば十二種あり、計四十数経以上)についても、やはり同じことがいわれ得る。」。①〜⑦は①般若系、②華厳系、③浄土系、④法華系、⑤三味系、傍系として⑥維摩系、⑦宝積系その他とされる。
大乗仏典には「無名の仏」のさとりが経の核に込められているという言葉に三枝師の仏教学者としてのスタンスを感じます。
私はここに挙げた三枝師の説を全面的に支持するものではありませんが、このようなa〜dの流れはあったでしょう。
だから法華経においてもc伝承の間に「加筆修正」された部分はあろうかと存じます。
たとえば、仏身説について。
最後に付加された提婆達多品に僅かに2ヶ所「法身」の語が使用されるだけで、「報身」も「応身」も使われていません。ですから法華経の本門釈尊の「法身・報身・応身」の三身についてよく論ぜられますが、提婆達多品が付加される以前の法華経では三身については一言も言及されていなかったのです。出てくる仏身は同じ意味としての「分身」と「化身」のみ。
このことから、法華経の成立は華厳経「入法界品」よりも古いのではないか、と考えております。
また、「正法」が滅びるとそのまま悪世(像法を経ずして)になるという発想は、古く「律蔵」に出ています。
女人の出家について、阿難が無理を言って釈尊に認めさせたことによって、本来、1000年続いたはずの正法が500年に短縮され、世は乱れるというものです。
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