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現代人が納得できる日蓮教学

222Poh:2005/10/03(月) 10:05:02
7)
そういうことで、あえて批判者・否定者の立場に立って考えてみれば、ここでまず重要なのは、独歩さんの言葉「正しい教えが滅びた時代の弘法者」というのが、
1:法華経あるいはその未来の受持者が、来る未来、正しい教えの滅びた時代に人々を救うことになるのだ。そのための教えを今説いているのだ。
2:我々制作者が生きている今の時代こそ、正しい教えの滅びた時代であり、だから今こそ我々が世の衆生を救うのだ。
のいずれの意識なのかということではないでしょうか?
まあ別に、法華経と、そのお教えのすばらしさを語るためのロジックなのだから、どちらでもかまわないではないかと言われれば、それだけを考えるならばたしかにそうなのでしょうけど、しかしもしも独歩さんのその後のコメント「創作者たちがいう末法とは梵本法華経成立時点、さらにそこに登場する釈迦を担う主人公・地涌菩薩の出現もまた、創作者とその集団を指した紀元前後その時代を想定したもの」を検証しようとなると、そうもいきません。
もちろん独歩さんは、「1」であろうと考えておられるようですね。そしてそれは、私も「きっとそうだろうな」と同調します。そう、居酒屋ではね(笑)。でも、私は今日のここでは、あえて批判者、疑問者の立場にいます。
――ただし批判者としては、言うまでもなく私はあまりに力不足です。なにしろ法華経のこともよく知らないし、なにより今はその梵語訳さえないのですから……でも、まあ色々考えてみましょう。無い頭と無い資料を駆使して。(笑)

まず考えなければならないのは、法華経制作者たちの、当時の社会的境遇でしょうか。
もちろんそれは、先に触れたように、彼らが法華経を今に伝わるかたちにまとめるまでの約100年(もしくは約200年)間の変遷のありようを考えることでもあります。


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