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現代人が納得できる日蓮教学
219
:
Poh
:2005/10/03(月) 10:03:08
4)
では、今は?
試しに世界地図などありましたら、開いてみてください。
プルシャプラは、現ペシャワール。インドではなく、パキスタン北西部、アフガニスタンへ通じる、大乗仏教がここから北伝していったと言われるあのカイバル峠から急峻な山道を下りてきたところにある、周囲を岩と土ばかりの急峻な山岳群に囲まれた、盆地というより狭い高地というに近い土地に、古色蒼然たる風貌でうずくまっています。ちなみにインダス中上流域のパンジャーブ地方(含ガンダーラ)とかカシミールとか、特に大乗仏教運動に深い関わりのある地方というのは、そのおおかたが、現在はインドではなく、パキスタン・イスラム共和国内にあたります(もっともカシミール東北部の国境については現在長年に渡る紛争中で、いまだ確定していませんが)――といって実は私、この町はおろかパキスタンにも、インドにさえも行ったことはありません。ありませんが、その醸し出す雰囲気の幾ばくかは、昨今のアフガニスタン情勢に関連して、時々ニュース映像やドキュメンタリー番組、写真報道などにより、日本でもこの町とその周辺の最近の姿を見ることができ、クシャーナ朝の往事、東西貿易の一大交通路として多くの隊商がわさわさ行き交ったであろう道々の現在の姿を想像することができます。「ああ、こういう場所で、こういう環境で、この景色に囲まれて、かつて法華経たちが生を受けたのか……」町の今昔を見い出し、私は現在の殺伐たる風景がことさら感慨深く思われたりもします。ああそういえば、先日アフガニスタンを旅行中殺害された尾道の男女教師お二人は、パキスタン中西部クエッタからアフガニスタン南部カンダハルに向かう途中、国境を越えたあたりで被害に遭われたようですが、聞くところによれば、当初の予定ではその後カンダハルからアフガニスタン中部バーミヤンでタリバンによって破壊された仏教遺跡(大仏)を観た後、カイバル峠を越えてペシャワールに下りてくるつもりだったらしいですね……。
ちなみに後にガンダーラを訪れたかの法顕は『仏国記(法顕伝)』で、かつてクシャーナ朝の首府だったプルシャプラの往時をしのび、「(かつての)月氏王篤く仏法を信じ」「塔及び堂伽藍を起こし」「大富者あり多華以て供養せんと欲し、正に復た百千萬斛なるも終に満たすこと能はざるなり」(Poh註:中国ではクシャーナ朝も月氏・大月氏と呼ぶ)と語っておりますから、乱世で戦乱に明け暮れていた民族興亡の中では様々辛く苦しい時代を送っていたかもしれぬものの、少なくともカニシカ王が熱心な保護者になって以降しばらくは、この東西交易の中心地で仏教が栄え、裕福な商工業者の支持を得て人々の日常に深く根を下ろしていた輝かしい情景が偲ばれます――ただし同時にカニシカ王の貨幣にはギリシア・ローマの諸神やゾロアスター教・ヒンドゥー教の諸神の像が打ち出されており、この王が宗教的に寛容で、諸民族・諸文化の混在する大帝国を巧みに統治していたことを忘れてはなりませんが。一般に為政者にとって、古代から中世にかけては特に、異民族支配や多民族国家統治に宗教政策は最も重要な問題ですからね。弾圧するか、寛容を選び、むしろ自らの支持者・味方としてゆくか。
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