したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

現代人が納得できる日蓮教学

209一字三礼:2005/10/01(土) 23:48:39
Pohさん

そもそも「末法思想」なる語は、仏教経典、仏教釈、仏教論書、その他に記された「末法」に言及されたものを、近代にそれらを同系統の「思想」として纏めて言い表したものに過ぎないでしょう。

元来「末法思想」の「末法」は仏典をその出自とするわけです。だから私はBC50年からAD150年までに成立した法華経の「末法」「悪世末法」の記述を論拠をとして、法華経に「末法思想」はあったのではないかと主張しました。

それに対してあなたは平凡社世界大百科事典、岩波仏教辞典の「末法思想」の項に記述された「三時」の要件を満たしていないので法華経には「末法思想」がないと仰るわけです。

>この定義は、何もこの両書に限ったものではなく、広く一般的な仏教書、参考書の類いでも通用するものだとも考えております。

「末法思想」:末法に入ると仏教が衰えるとする予言的思想。中国では隋代頃に流行し、三階教や房山石経を       生んだ。日本では平安後期から鎌倉時代にかけて流行し、人々を不安に陥らせる一方、仏教者       の真剣な求道を生み出した。(広辞苑)

広辞苑では「末法思想」の項に「三時」「正・像・末」には言及されておりません。広辞苑は「広く一般的な仏教書、参考書の類い」ではないのでしょうか。


あなたは「末法思想」の定義について、特定の辞書の解釈に束縛されて、実際に「末法思想」が説かれている経典を否定しているわけです。それでは本末転倒になってしまいますでしょう。わかりますか。

私はそんなに複雑な事を申し上げているわけではないのですよ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板