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現代人が納得できる日蓮教学

200乾闥婆:2005/09/29(木) 22:51:53
また菅野博史氏は『法華経思想史から学ぶ仏教』で次のような評価をしております。

引用開始
 信行は、末法時代に即応する新しい仏教を形成しようとして三階教を創立した。彼は、この常不軽菩薩の礼拝行を自己の信仰実践に取り入れている。三階教には、「普敬」と「認悪」というワンセットの修行が説かれるが、自己の悪を厳しく批判する「認悪」に対して、自己以外のすべての人の善を尊敬することが「普敬」である。浄影寺慧遠、智邈、吉蔵が、常不軽菩薩の礼拝行について、『法華経』にも『涅槃経』と同様に仏性が説かれる根拠として言及しただけであるのに対して、信行の場合は、自らの信仰実践「普敬」の中に積極的に取り入れた点は、大変興味深いものがある。
 西本照真氏は、「三階教に独自な実践として注目されるのは、『法華経』の常不軽菩薩の実践にならった人間礼拝行である。これは、三階教思想の大きな柱ともいえる普敬の思想の実践的具体化である。『法華経』は南北朝時代の仏教者の中で一貫して高く位置づけられていたが、実際に常不軽菩薩の人間礼拝行を実践したと伝えられているのは信行だけである。この実践は、他の修行者との対比で三階教の実践の特徴として注目されるだけでなく、まさに三階教の中心思想から直結するという点で重要な実践といえる」と指摘している。(P54-55)
 ところで、筆者は『法華経』の「一仏乗の思想」の最も生き生きとした表現が、常不軽菩薩の礼拝行であると考えているが、三階教の信行においては、常不軽菩薩の礼拝行を自己の信仰実践に取り入れた点が認められ、きわめて興味深い。(中略)ただし、三階教の場合も地涌の菩薩の自覚とは直接の関係はない。(P132)
引用終了


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