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現代人が納得できる日蓮教学

195犀角独歩:2005/09/29(木) 12:14:43

192 乾闥婆さん

ご投稿、興味深く拝読しました。

> 天台自身による末法

今、この点について調べてみたのですが、天台三大部で「末法」を記しているのは以下のとおりでした。

摩訶止觀「須知拘那含佛末法比丘好惱亂衆僧」
法華文句「末法時世饑饉。有支佛名利咤」「不聞法華。或聞而不信遇餘佛方解耶。末法凡夫猶尚能信況聖人乎」「昔佛末法有四比丘。於法華經極生殷重」

以上から見る限り、慧思のような自覚は伝わりません。
年次を踏まえた正像末を述べるのは、寧ろ妙楽でした。

法華文句記「言後五百歳者。若準毘尼母論。直列五百云。第一百年解脱堅固。第二百年禪定堅固。第三百年持戒堅固。第四百年多聞堅固。第五百年布施堅固。言後五百最後百耳。有人云。準大集有五五百。第一乃至第四同前。唯第五五百云鬪諍堅固。言後五百者。最後五百也。若單論五百猶在正法。雖出論文其理稍壅。然五五百且從一往。末法之初冥利不無。且據大教可流行時。故云五百」

天台初期文献で見ると

涅槃經疏「經説不同。一云正像各千年。一云各五百年。一云正法五百。像法一千。或云正法一百。或云八十」

という一節があり、一節に固執していたと言うより、諸説を参考にしていたように思えます。

わたしも貫名師からご指摘を受けて、「さて、もう一度末法思想」と腰を上げたところで、失念していることも多く、また、見ていない資料も多く存します。
皆さんと議論しながら、内容を深めてまいりたいと思います。ご参加ください。

できましたら、もう少し「三階教」について、少しお記しいただけませんでしょうか。


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