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勤行について

91愚鈍凡夫:2004/10/02(土) 06:47

先の「法蓮抄」以外で、勤行に関係する文証を検索してみました。

「設ひ得たりとは存知すとも真実の仏意には叶う可からず如何となれば法華経を信ぜざるが故なり、此の心は法華経の方便品の末長行に委く見えたり委は引て拝見し奉る可きなり」(「諸宗問答抄」学会版P379・未決)

「問ふ、一経は二十八品なり。毎日の勤行、我等の堪へざる所なり。如何に之を読誦せんや。答ふ、二十八品本迹の高下、勝劣、浅深は教相の所談なり。今は此義を用ひず。仍て二経の肝心は迹門の方便品、本門の寿量品なり。天台、妙楽の云く「迹門の正意は実相を顕すに在り、本門の正意は寿の長遠を顕す」云云」(「授職潅頂口伝鈔」・未決)

「御姓名竝びに御年を我とかかせ給ひて、わざとつかわせ。いよどの(伊豫殿)もあながちになげき候へば日月天に自我偈をあて候はんずるなり。恐恐謹言。」(「可延定業御書」 学会版P986・真蹟)

「そのほどまづ弟子をつかわして御はかに自我偈をよませまいらせしなり、其の由御心へ候へ」(「減劫御書」学会版P1467・真蹟)

「その心をとげんがために此の御房は正月の内につかわして御はかにて自我偈一巻よませんとをもひてまいらせ候」(「春の祝御書」学会版P1510・真蹟)

少なくとも天拝・法要には「自我偈」が定着していたようですね。
ご参考までに。 m(_ _)m


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