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勤行について
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:
犀角独歩
:2004/10/01(金) 10:12
世雄偈について少し検索をしてみたのですが、天台電子辞典ではヒットせず、蓮師の真偽を含めて遺文のなかには使用されていないのですね。いったいいつ頃から「世雄偈」という語彙が定着したのでしょうか。
わたしは、かつて勤行では方便・寿量共に全文を読経していました。石山では方便の長行は世雄偈までと聞いていたのですが、寿量品で長行というときは全文なのに、方便品では世雄偈止まりということに納得がいかなかったからです。そんなこともあり、一字三礼さんのご賢察に改めて驚かされました。有り難うございました。
れんさんがご指摘されるとおり、勤行の起源が三堂勤行であるというご指摘は納得できます。御堂で勤行をするというのは換言すれば、そこに奉(まつ)られている本尊への供養を目的としたものですね。これは天拝も同様であろうかと存じます。法味を報恩のために供養するというのが勤行の趣旨でした。
三堂別々に勤行がされたということはそれぞれの尊体にそれぞれ報恩供養して回ったことを意味するわけですね。ここで問答名人さんが投げかけられた問題に触れるのですが、各家庭で安置される漫荼羅に勤行をするのは、漫荼羅供養の意味合いということですね。問答さんは、たしか久遠本仏と妙法の一体を主張されるお立場ですから、そうなると仏・法に亘る報恩供養としての勤行ということになるのでしょうか。
愚鈍凡夫さんも指摘された蓮師の所作は自我偈ばかりですが、これは本尊供養の趣旨ではなく、精霊(故人)の追善供養にその趣旨があるように思えます。この点は塔婆建立と意義を同じくしているように思えます。これは、あくまで類推ですが、蓮師は常の所作では寿量品自我偈のみであった…、仙代問答の方便品の読不は、そんなところから読むとまるで逆の意味に採れることにやや驚きを感じました。
れんさん、「天ノ御為」の勤行は蓮師に遡れそうでしょうか。延山の朝勤に、石山の初座に当たるものがありません。五老方の門葉でも上古は天拝がなされており、それがいつの間にか消滅したと考えることはできるのでしょうか。
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