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勤行について

61犀角独歩:2004/09/29(水) 11:42

問答さん、有り難うございます。
わたしは、どうも易行という言葉には引っかかりを感じます。
議論が戻りますが、蓮師が『守護国家論』でいう易行は唱題について言っているとは文面で見る限り思えません。ここで言われる易行とは一念信解、五十展転、誦法華でm蓮師の唱題という立行とは意味を異にしています。繰り返しになりますが「「但唱法華経題目」という一節は見いだせます。これはしかし、「離三悪道」という範囲に留まっています。

問答さんが仰るように、口で南無「めうほうれんぐゑきゃう」と唱えることは、それは止観行に比して易行でしょう。けれど、その言葉の意味するところは易行などという生易しいものではありませんね。妙法蓮華経に帰命するということは、その法華精神に基づいて死ぬということだからです。「其罪畢已」「一心欲見仏不自惜身命」という法華経が指し示す方向は、差詰め「寧喪身命不匿教」という殉教以外に、その出口はありません。自分の身を殺して法を弘めることを標榜した蓮師が唱える南無妙法蓮華経が易行か?といえば、これほどの難行はないとわたしには思えます。ですから、口先で誰でも唱えることが出来るから易行だなどという論の在り方にわたしは賛同しかねるのです。

南無妙法蓮華経と唱題することは誰しも出来る易行であるというのであればそれはそれでいいでしょう。しかし、その意味するところを実践貫徹しようとすれば、死を以て果たす以外にない難行であるとわたしは思えます。

しかしたしかに「死身弘法」を安楽と見れば、それは究極の易行ということなのかもしれません。


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