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勤行について

55雖念:2004/09/29(水) 08:16
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> 造像起塔をもつて本願となさば、貧窮困乏の類はさだめて往生の望みを絶たん。(中略)もし持戒持律をもつて本願となさば、破戒無戒の人はさだめて往生の望みを絶たん。

法然・親鸞が布教の対象としたのは、貴族・商人階級に限らず、無知蒙昧で貧しい農民たちもそのうちに含まれていたので、称名念仏だけで往生できるという教えは十分に革命的であった。猟師、漁師などの破戒の徒もそのうちに含まれていた。
こうした「易行」道があまりに革命的であったために、「蓮祖」の場合、「唱法華題目」が二番煎じでないことを訴えるために、ご苦労をなされたのではと思います。

法然・親鸞が既得権者・抵抗勢力から受けた迫害と、蓮祖が受けたそれとどう違うのか?
私は、この点に関しては、いままで蓮祖の側からの視点しか持ちえませんでしたが、三吉さんの一連の投稿をよんで、この点に関する「洗脳」を解かなければと思い始めました。


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