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勤行について

39犀角独歩:2004/09/27(月) 20:05

37 問答さん:

お示しの該当箇所では、ご記述のとおり、爾前(難)・法華(易)という分別です。法華が直ちに唱題であるとするのは、論理の飛躍ではないのかということです。

たしかにご指摘のとおり、蓮師は法華を易行とすることは言いますが、これはしかし、法然教学の流れとは言いがたいと思うのです。
敢えて重複してあげますが、

『立正安国論』の「主人の曰く…法然…選択集『道綽禅師聖道・浄土の二門を立て…曇鸞法師…往生論の註…竜樹菩薩十住毘婆紗を案ずるに云はく、菩薩阿毘跋致を求むるに二種の道有り、一には難行道、二には易行道なりと、此の中の難行道とは即ち是聖道門なり。易行道とは即ち是浄土門なり』」

この文で見る限り、この文証となっているのは『十住毘婆紗論』です。
しかし、「十住毘婆沙論には法華已前に於て難易の二道を分かち、敢(あ)へて四十四年已後の経に於て難行の義を存せず」
「十住毘婆沙論は一代の通論なり。難・易の二道の内に何ぞ法華・真言・涅槃を入れざるや」

とあります。つまり、難易という分かちには『法華経』は含まれていないのが同論の趣旨です。この点は、どのようにお考えになりますか。わたしは、このことからも、法然教学の難行道・易行道と蓮師が言う法華易行は同名異義であると思うわけです。


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