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勤行について

31問答迷人:2004/09/27(月) 16:35

>法華易行道という教学
>ここでいう「唱題」とは何を指す
>庶民を対象とした根拠は何

四信五品抄の文を引用します。

「問うて云はく、末代初心の行者に何物をか制止するや。答へて曰く、檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称せしむるを、一念信解初随喜(しんげしょずいき)の気分(けぶん)と為(な)すなり。是則ち此の経の本意なり。(平成版御書1113頁)
「問ふ、汝が弟子一分の解(げ)無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する其の位如何。答ふ、此の人は但四味三教の極位並びに爾前の円人に超過(ちょうか)するのみに非ず、将又(はたまた)真言等の諸宗の元祖・畏(い)・厳(ごん)・恩(おん)・蔵(ぞう)・宣(せん)・摩(ま)・導(どう)等に勝出(しょうしゅつ)すること百千万億倍なり。請ふ、国中の諸人我が末弟等を軽んずること勿(なか)れ。進んで過去を尋ぬれば八十万億劫(まんのくこう)供養せし大菩薩なり。豈(あに)煕連一恒(きれんいちごう)の者に非ずや。退(しりぞ)いて未来を論ずれば、八十年の布施に超過して五十の功徳を備(そな)ふべし。天子の襁褓(むつき)に纏(まと)はれ大竜の始めて生ぜるが如し。蔑如(べつじょ)すること勿れ蔑如すること勿れ。(同書1115頁)

題目とは、『一分の解(げ)無くして但一口に南無妙法蓮華経と称する』という事を指します。この行儀は、一文不通の庶民であっても、法華を行ずる事が出来る、という設定です。蓮祖の目線が大多数の一般庶民に有った事が明らかであると思います。また、これらの文から、蓮祖教学が、一念信解・初随喜の位に修行を立てた事が明らかだと思います。


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