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悟りを科学する

30犀角独歩:2004/07/23(金) 13:03

『素朴な疑問』1618、1620に関連しますが、内容から、こちらに投稿します。

ここのところの議論で少し前の出来事ではっとすることが想起されました。
数年前、ある新宗教情報筋の方から「教祖」を紹介されたことがあったのです。その方とは一度きり、その後、お会いすることはありません。
鼎談した折、「教祖はよく山には入る」という話になったのです。

「教祖は山に入る」、その話を聞いた時、「教祖になっても熱心に修業しているわけなんだ」とわたしは感心したのですが、いま振り返ると、その教祖さんはともかくとして、過去の修行者が山に入った理由は、単に修業のためであったのか?と疑問が沸いてきました。
空海も山岳修行者で、入山修業したことが知られます。しかし、それは純粋に修業目的のみではなく、水銀採取と深く関係があったといいます。
山には各種の鉱物資源があり、これは向精神系の薬物に生成できたでしょうし、また、同じ作用をもたらす茸・薬草も人知れぬ山谷に群生していたのではないのか? 実はこれらの採取を、山岳修業は兼ねていたのではないのか?という疑問です。案外、この類推は当を得ているのではないのかと思ったりします。


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