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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

79顕正居士:2004/05/29(土) 06:32
れんさん。

>総ての切紙が蓮師由来とは考えられず、

日蓮聖人は口伝相承には否定的であったように見えます。切紙伝授が日蓮聖人の時代にはじまった
とは考えません。また聖人が身延におられた時期にも高弟たちは教線の伸張にそれぞれ多忙であり、
本格的な法華文句の講義などはおこなわれなかっただろうと想像します。しかし後世の口伝の中に
「高弟たちの記憶の中の日蓮聖人」というか、そのへんに遡るものはあるのではないでしょうか。

>蓮師本仏観の成立には富士門僧による中古天台本覚思想や日隆師の教学の研さんと摂取が深く関与
>していると思います。

室町時代は執行師のいう「日本天台心酔時代」で何派であれ本覚思想であり、日有と日朝の教学にも
大差はなく、ただし要法寺や大石寺はこの時代の教学を冷凍温存したところに特徴があると考えます。
日隆師の影響というのは「本因下種」の明確な思想が日有師以前の富士派にはないという意味かと
おもいます。本因妙抄は京都布教が進んで「台当相対」(天台宗と日蓮宗の違い)が問題となる時期
に出来たと考えるのが自然でしょう(本因妙抄の最初の本文がどこまでなのかわかりにくいですが)。

しかし本因下種の思想は遺文から逸脱したものではなく、本果下種では説明できない遺文中の箇所
を説明します。「釈尊ヲハ因位ニハ日蓮ト称ス」などの直感的な口伝が先行した可能性はないのか。
日蓮正宗系の方に「御書(御遺文)」と「口伝書」をごっちゃにして真書とか偽書とかいう傾向が
幾分あるようにわたしには見えます。口伝書が「御書」と一緒の本になっているからとおもいます。
口伝書は通常はいっぺんに誰かが作ったのではなく、「日蓮判」とか「日興記」とかある場合でも
それらは誰かが加えた可能性があります。だから、ある口伝書がある著書の影響下に出来ただろう
とかは、編纂意図としてはいえるのですが、口伝書の箇条書のそれぞれは切紙としてそれより以前
に伝授されていた可能性があります。


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