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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

706犀角独歩:2006/03/13(月) 09:51:59

れんさん

有り難うございます。

記すまでもありませんが、宮崎師は、

「『開目抄要文』は北山本門寺で拝見した所によると表に「開山御筆」とあり本書の要文を集めたものであるが抄者は日堯(不詳)と云はれる人で興師の自筆ではなかつかたが鎌倉末期の興門の古い讃仰資料であることは問題のないところである」(『大崎学報第98号27頁)

「編集者:鈴木一成/発行人:望月歓厚」、さらに記述に当たっては、本門寺住職、さらに単独で調査参詣したとは考えづらく、この記述を覆すことは、わたしは困難を感じます。
> 現存の開目抄要文は「正和六年…日堯」とのみあり

という点に、わたしは同意で、興師本であれば、安直に自著のみ施すなどということはしないであろうと考えます。その意味から、日堯本という説は自然です。ただ、そうなると表紙の「日興御筆」とはなんぞやということになります。「日興が要文化した文章」ほどの意味とすることは出来ますが、変な語法ですね。

山上さんのあとから書き込みという説は納得できませんね。そもそも、あの文脈からすれば、「常不軽品の如し」は不相応ですし、今成説を採れば、日蓮は「不軽」「不軽品」を採用し、“常”の字を省くことに特徴があるわけですから。
富士系の論攷の特徴は、先に挙げた「日興落着」で、それを自説にご都合のよい珍妙な憶測で短絡的に結論づけるものだという印象を懐きます。

いずれにしても、興風談所の古文書研究は高く評価しますが、本尊研究をやるのに、所謂「本門戒壇の大御本尊」の真偽は言わない態度で、冷笑を蒙っている自画像は、しっかりと認識し、反省すべきでしょう。信仰の上から信じているんだそうですが、そんなことを言い出せば、古文書研究など不毛な話だからです。

なお、『富士一跡門徒存知事』の記述を信頼すれば、日興所持本は二転写本であることが知られますが、誰の本を写したのでしょうか。

いずれにしても、中世の写本は、いまの著作を意識した転載、あるいはコピペとは違って自身の修学、信仰から、これを写すわけで、仮名を漢字、片仮名に改め、時には、自分の意志で本文を書き換え、さらに添削までするものであるわけですから、実に厄介ですね。


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