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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
679
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2006/03/07(火) 07:53:05
>661 犀角独歩さん
>都守師の論文『「法華取要抄」の草案について』(『大崎学報』第154号P73)・・・『法華取要抄』に、日蓮は佐渡の国の人々が言うには二つ、三つの太陽が出現し、二つの明星が出現したという・・・草案とされる『以一察万抄』・・・「此災日蓮見之」・・・『取要抄』にも、『法華取要抄』にもありません。・・・日蓮本人は見たのでしょうか、また、見たのであれば、『取要抄』『法華取要抄』では、この記述をどうして削ったのでしょうか
天文学者の斉藤国治氏(元東京大学東京天文台教授)は『星の古記録』(1997年3刷(1982年1刷)、岩波書店(岩波新書)、112頁)に「法華取要抄」の天文記事について以下の解説をしています。(漢数字を数字に改めました)
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日蓮は幕府の召に応じて評定所に出頭して、従来の主張を説いたが、そのときの問答をまとめた「法華取要鈔」という手記に、つぎのような星の古記録が挿入されている。
しかるを佐渡の国の土民口々に言う。今年(文永11年)正月23日の申の時に、西方に2つの日出現す。或いはいう3つの日出現すなどと。2月5日には東方に明星2つ並び出る。その中間は3寸ばかりなどうんぬん。
日蓮はこの天変を申しのべて、天の気色は重大な国難の近きことを示すものだと訴えた。かれはつづけて、
この大難は日本国先代にも未だこれ有らざるか。(中略)日と日と競い出づるは四天下一同の争論なり。明星の並び出づるは太子と太子との争論なり。かくの如く国土乱れてのち、上行等の聖人出現するなり。
と断定している。
右の文章にある2日(じつ)または3日(じつ)の同時出現は「幻日」という気象現象と説明される。一方、2月5日(3月14日)暁方の東天に明星が二つ並んで出たという記事は古天文学の検証の対象になる。
計算の結果、3月11日の早暁に、金星(このとき光度マイナス3.7等)と木星(光度マイナス1.7等)とが、太陽の西37度のへんで黄径合となり、金星が木星の北0.3度にまで接近していたとわかった。これは記事の「三寸」ともピタリと合う。記事の日付はユリウス暦3月14日に当たるが、これでは黄径合の時期を過ぎていて、金星が木星の東へ3度ほど離れてしまう。日付に誤記があるらしい。
いずれにせよ日蓮に関わる星の記事はそれぞれ事実の裏付けがあるように見える。
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さて、ご質問ですが、私は「佐渡の国の土民口々に言う」とあることから「幻日」と考えられる気象現象を蓮祖は見られておらず、金星と木星が並んで見えた現象のほうは「その中間は3寸ばかり」と具体的な記述であることから、見られたと考えます。つまり2つの気象現象のうち蓮祖は片方のみごらんになったので、草案に「此災日蓮見之」と記述したものの正本では削除されたのではないかと考えます。
by 彰往考来
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