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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
66
:
地名
:2004/05/26(水) 21:26
続き
更に朗門の像師から大覚師に与えたといわれる口伝には、「産湯相承」を簡略化したような記が出て来る(当家相伝大曼荼羅事 一 日蓮ト名乗給事 本二44)。しかも「産湯相承」では「叡山に腰をかけて近江の湖水で手を洗い富士から出た日輪を抱く」という夢想が、「日天子の蓮華に座したるを手に取る」と語られており、伝承の間に変形の起こったことを示している上、「是生は日の下の人を生む」というのが、唯「是生者日下人ハ是ノ字ト書」と変わって、「産湯相承」では末尾にあったものが、右の夢想のすぐグ後に出ている。こうしたちがいは、一方が他を種本として盗作したのなら起こり得ない。必ずもっと大きな、字句や形式の類似がある筈だ。変わっていてしかも同じことを言っているのは、両者の根源が一つで、しかも伝承の間の変化があることを推測せしめる。奥書によればこれは延文三年に大覚師が筆記したもので、順師の本因妙口決と略同時期になり、富士がその特色法門を他門流に向かって広説するに至った時でもなければ、大覚師が遙々京都まで富士の法門を輸入したとも考えられぬ。このように御書と共通点が多く、他に類似の口伝があってその相互間の交渉が認め難いのだから、本書が確実な口伝であることは疑い得ない。いわんや本因妙口決に名を載せられたことにおいて、本因妙抄におけると同様な、確実性があると言ってよい。」
末尾の「……このように御書と共通点が多く、他に類似の口伝があってその相互間の交渉が認め難いのだから、本書が確実な口伝であることは疑い得ない。いわんや本因妙口決に名を載せられたことにおいて、本因妙抄におけると同様な、確実性があると言ってよい。」というお考えは上述した望月師や執行師の考えとやや異なるものと思われます。
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