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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
65
:
地名
:2004/05/26(水) 21:25
続き
仏心中の一念三千、仏力中の一念三千の中には当然・餓鬼界も無くてはならない。所謂・衆に三毒ありと示すの格で、仏のはたらきの中で行者を苦しめる力がある。それが苦しめっ放しでなく、かえって守護の力として働いて来るから、大局観に立てば苦しめる事に依って行者を助ける用を成ずる。末法の化導に三類の強敵は付きもので、それがあるからこそ行者は過去の罪障を滅することができ(転重軽受事 艮692)、法華行者たる資格を証明しうる(開目抄 艮817)。それだから末法には仇をする悪鬼神の存在は大切であり、観心釈に立てばそれすらも仏の用と見ることができる。と、ここまで推してくると、聖人等御返事(変毒為薬御書)の文が有力な註脚であることが発見される。これは熱原法難の時、神四郎等が蟇目で責められたことを報告した飛報への御返事である。
今月十五日酉(とりの)時御文・同十七日酉時到来 彼等御勘気を蒙るの時 南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と唱え奉ると偏(ひとえ)に只事に非ず 定めて平金吾の身に 「十羅刹」 入易りて法華経の行者を試すか 例せば雪山童子・尸昆王等の如し はたまた悪鬼その身に入るか 釈迦・多宝・十方諸仏・梵帝等五五百歳の法華経の行者の守護を為す可之御誓是也
「十羅刹」が平頼綱の身に入って行者を試みる。そして、それは結局仏に出るものであるとなって、 「釈尊=十女」 の線は遠回しではあるがつながってしまう。遠回りではあるが、 「産湯相承」 の線は御書と反対や傍道に走っているものではなく、むしろ、その延長線上に有るものであることがこれで明らかになる。
天照釈迦日蓮一体は「報恩抄」に
神をば天照という国をば日本という又教主釈尊をば日種と申
と義にその一体を示し、「諫暁八幡抄」には八幡 釈迦の一体を説かれてある。八幡天照は「日女抄」に一つにまとめて説かれ、「高橋入道御返事」「神国王御書」に天皇天照一体の義があるから、この線も当然釈迦天照一体を指向する。更に口伝相承に求めれば興門は勿論の事、朗門(本二88)(本尊ノ聞書 本二88) 向門(御本尊十界ト習事 本二143)などにもあり、富士独自の義とするわけには行かなくなる。たとへこれらの相伝が富士家の義を盗んだものと仮定しても、他門徒にも承認された法門であるという線になるだけのことで、日蓮宗として見当外れの法門だとは言い得ないのである。
註:(4)十女具名の妙曼は文永期に限られるので、あるいは十女重視の法門は文永期にのみ限られたとも見られるが、口伝は主として身延期に属すると思われるから、十女を重く見られたのは文永期だけのものとすべきではない。しかしその詳細に関しては未だ成案を得ぬ。
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