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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

64地名:2004/05/26(水) 21:24

続き
「日輪の夢」と「青蓮華」の「産湯伝説」は諸門流に伝わるもと同じ類であるが、遙かに複雑で且そのうちに法門が説かれている所が変わっている。
所述の法門は、上行応生、本地自受用・垂迹上行、末法教主・勝釈迦仏、寿量魂魄等の、両巻血脈と同じものだが、唯、「十羅刹、天照、釈迦、日蓮一体異名」、「十羅刹諸神一体」等の説が本書の特徴であって、是は検討を要する。

周知の如く、「十羅刹女」は、御書にしばしば出て来る「鬼神」の名で、出典は「法華経・神力品」に゛法華経の行者の守護を誓う゛御文がある。
宮崎英修学士は「十女」について極めて詳細な研究を出しておられるが、これにおいても「守護鬼神」であるという線は動かない。
「鬼神」だから守護のしかたも荒っぽく、迫害者を治罰したり、行者を苦しめ鍛えたりする。しかし本書に見えるような取扱について言って居られるのは、富士の特殊性を認めない立正大学の学風から言えば当然であろう。唯、本口伝には「十女」を言って「鬼子母神」を除いているが、学士の研究にも宗門の上古には「十女」の方が重く見られていたとあるのが注目すべきことであろう。
聖人真跡の文永期曼荼羅(以下「妙曼」と略記する)で、随喜文庫発行の御本尊写真集には、「十女」の一々の名をあげて勧請されたものが若干あって、弘安期に入って「十女」具名の図顕がなくなってからでも、「鬼子母」「十女」は中尊に近く位置することが多く、重視された意がみえるが、それだけでは本口決における「十女」の註脚には不足する。結局「十女」に就いて一番詳しい依文は「御義口伝・陀羅尼品」である。
十界互具百界千如の一念三千を鬼子母神・十羅刹女と云うなり 三宝荒神とは十羅刹女の事なり 所謂飢渇神・貪欲神・障碍神なり 今法華経の行者は三毒即三徳と転ずる故に三宝荒神に非ざるなり 荒神とは法華不信の人なり 法華経の行者の前にては守護神なり   皐諦女は本地は文殊菩薩なり 山海何かなる処にても法華経の行者を守護すべし(日137)
一念三千を観法と考えては鬼神と同等にならないから、ここでは法体と考えるべきだ。法体の一念三千とは仏そのものだから、
十女 = 三宝荒神 = 法華不信の人 = 法華経行者 = 守護神   
となる。この最後の不等号が気になるから、全部が等式に入るように処理するには、仏の性悪の法門を出して来るより外に手がない。
法華宗の心は一念三千 性悪・性善 妙覚の位になお備れり 
元品の法性は梵天帝釈等と顕れ 
元品の無明は第六天の魔王と顕たり(治病大小権実違目 艮2100)
天台大師より外の人師の所釈の中に一念三千の名目これ無し 若し一念三千を立てざれば性悪の義これ無し 性悪の義これ無んば 仏・菩薩の普現色身・不動愛染の降伏の形 十界の曼荼羅三十七尊等 本無今有の外道の法に同じきか(法華真言勝劣事 艮502)


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