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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

63地名:2004/05/26(水) 21:23

続き
全体の構想は、
前分は、御父母の夢物語に寄せて聖人の仏法における地位を説いたもので、
後分は、「日文字」の宗教的内容を説いている。
この部の学全本「傍注」に「日文字口伝」とあるのは、後注が計らずも順師の所謂「日文字口伝」と同名になったものか、それとも順師の時は後分が別になっていて、それに「日文字口伝」の名が付けられていたのかは、論ずべき材料が少ない。
ただ順師のあげた口伝の中で「日文字口伝」のみは要・学・身・三本の何れにも見当たらないし、現存の「産湯相承」の前分たしかに産湯に関して述べられているが、後分は産湯と直接関係が無いので、順師の頃は、「産湯の口決」「日文字の口伝」といって別になっていたものが、後になって一本化して「産湯相承」となったと推理することもできる。
ただし「傍注」の「日文字口伝」の語は、その後に同様な三箇の「傍注」があり、これは前分に六箇の「傍注」があって全体を十箇に分けているのと同じ形で、特に「日文字口伝」から後の全部を含むという表現とはみえないから、順師の「日文字口伝」とは別の考え方で施した後注であろう。
私見では史料が少ないけれども元は別本であったと思う。順師の「別紙」が無いから、今のところこの程度で満足する外は無い。

入文の「房号」は「是生」に作ってあるが、「是聖」「是性」など色々に作った御伝記がある。聖人御自写の「円多羅義集」には「是聖」とあって「生」字でないけれど、この時代は通音が平気で用いられたのだから、取り立てて言う程の事ではない。

御父を「三国氏」と言うのは「註画讃」にもこの説があり、古伝ではあろうが確実な出所は分からぬ。あるいは本書あたりが種本で、「註画讃」の著者が密かにこれに拠ったのかも知れない。 中略


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