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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
628
:
彰往考来(しょうおうこうらい)
:2005/11/19(土) 10:19:03
>626, 627 パンナコッタさん、犀角独歩さん
>蜀版大蔵経
http://www.nagoya30.net/temple/kyosin/sin-iti/lekcio/aboutsutra.html
「木版印刷による最初の大蔵経は、宋の太祖・太宗の両朝、971年から983年にかけて蜀で印刷出版された。これは「蜀版大蔵経」と呼ばれ、毎行14字詰の巻子本の形式であった。」
「平安時代末から鎌倉時代にかけては、栄西、重源、慶政その他の入宋僧の努力で、『宋版一切経』が輸入された。」
とあるように「蜀版大蔵経」は巻子本です。『図説 浅草寺』(1996年、金龍山浅草寺、34頁)の写真で判断する限り、浅草寺蔵元版一切経(鶴岡八幡宮旧蔵)は折本ですので、北条政子が「蜀版大蔵経」を奉納したということでははないでしょう。
「元版一切経」は1269年〜1285年にかけて出版されたようです。
http://www.kcn-net.org/senior/tsushin/ttemple/taka0210/daizou.htm
に「元版も1269年〜85年にかけて出版」とあります。
1269年は文永6年で、蓮祖が立正安国論を幕府に献したのが文応元(1260)年ですから、蓮祖が鶴岡八幡宮旧蔵の一切経を閲覧したというのは「元版一切経」の発行年から判断する限り時代が合いません。パンナコッタさんがご指摘されているように、元の建国は1271年ですから、蓮祖がご覧になった一切経は時代的にみて「宋版一切経」ではなかったかと考えていますが確証はありません。南宋は1127年 〜1279年です。
浅草寺蔵元版一切経(鶴岡八幡宮旧蔵)で北条政子ウンヌンというのは後世に付託された縁起の類でしょう。
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