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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

584犀角独歩:2005/10/24(月) 23:51:59

彰往考来さん

本日は、立正大学情報センターに行き、大崎学報130余号を検索し、目についた20余点の掲載文書に目を通してきました。実に平易な文書で分かり易く、これ全部の読破は取り敢えず、日蓮近代教学の入口とすれば、さほとでもない(そんなことはないかもしれませんが)創刊号から順次、読み飛ばしているところを読破していこうと思った次第です。

近年で、わたしが腑に落ちるというか問題意識、文章の調子などで、興味が惹かれたのは小林是恭師、いままでぜんぜん気に留めたことはなかったのですが、この方の論文は荒削りながら実に面白いと思いました。

第93号『最蓮房賜書管見』、第112号『二明王と曼荼羅』はお読みになりましたか。
特にこの2書は、日頃、思っていたツボにピタリと嵌りました。


パンナコッタさん

感動したのは、第109号の山中喜八師『注法華経私考』でした。
その『結語』に

「注法華経に引きたまえる経釈には、本経の扶釈を目的としたものの有ることは論を俟たないが、経釈それ自体の開会のために引文されたものも、また尠くないようである。…或は本経を能摂として、之に比況しておのずから諸経の次位を定め、或は本経の能判として、之に照鑑しておのずからに諸釈を匡し、以て三国仏教の精要をして、法華経に注帰せしめようとと図られたのが、注経御選集の宏謨ではなかろうか。若しこの信解にして誤りなければ、注経全十巻に充満する聖聚を、渾べて本経の規拒として、何のためにその経釈を引かれ、また何の故にその処に注記されたかを、至心研鑽する必要がある。この用意があってこそ、始めて聖訣は顕示され宣授されて、古今東西に類型を絶せるこの一大撰著は、名実倶に「此宗末代規模」となるであろう」(昭和34年2月15日発行 P62)

といいます。
「此宗末代規模」とは『註』に拠れば昭尊遺蹟之事(宗全上聖部 P12)に載る「註法華経一部者。先師聖人以自筆註勘文記奧旨。此宗重宝末代規模也」という一文を指すとのことでした。

なお、御義口伝に関する考証も秀逸でした。
かつて顕正居士さんもご教示くださいましたが、就注法華経御義口伝(注法華経に就いての御義口伝)と言いながら、まったく、この編者は注法華経に拠っていない点を明瞭に説明しています。

その他、瞥見した書は多数ありますが、これは後日とまた、記そうと思います。


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