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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

46地名:2004/05/25(火) 23:58

続き
『門徒存知事』にも、                              
   しかれば駿河国富士山は是れ日本第一の名山也、………よって広宣流布の時至り國王此法門を用ひらるるの時は必ず富士山に立てらる可きなり。            
と述べて広宣流布の時、富士山を戒壇にするという事を明瞭にしている。なお進んで富士山帝都説というのが出て来る。                          

富士山は戒壇の道場であると同時に、政治の中心、王城を此処に持って来なければならぬという論である。                                
   尤(もっと)も本門寺と王城と一所なるべき由・且(か)つは往古(おうこ)の佳例(かれい)なり。                               

こういう事は『門徒存知事』や『五人所破抄』そのものに就いて、一々批評しなくとも、かかる思想から見て、後世のものであるという事は推測がつくのである。故に私は、日興本来の考えは受持即受戒であったのが、身延を離山して後、身延に参詣しないというような考えから、次第に中心地を富士山へ持って来る、そして其処を戒壇の根本道場とする、尚(なお)、進んでは王城そのものも移さなければならぬというような思想が出来たものと考えるのである。」

     「本門寺」思想 → 「富士山戒壇」思想 → 「富士山帝都」説    

  この思想等は、日興その人の思想的変遷なのか、あるいは日興没後・門下により醸成されたものなのでしょうか。


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