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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
437
:
犀角独歩
:2005/01/18(火) 11:07
顕正居士さん、ご教示有り難うございます。
> 妙法曼荼羅はまずは虚空会の表現
の「まずは」という点を注視しました。
これが「天台智邈の大蘇開悟に由来」という点を拝受いたしました。
上行等に託された使命は滅後弘教ですから、虚空会付属に留まらず、後霊鷲山以降に重点が置かれるわけですね。ですから、二仏並座から、四菩薩脇士と言った有様はたしかに虚空会の儀式に相違ないので、たしかに「まずは」、そうであるというご教示と拝しました。
しかし、蓮師の漫荼羅を旗印にした化導は、まさしく滅後弘教であるので、これを霊山を標としないとただの空論に畢ることになります。
蓮師の直説であるというわけではありませんが、この点の教学系譜は『就・註法華経・口伝』が見事に表現しています。これはまた、先に挙げた本尊口伝とその趣を同じくしていると思えます。
第十四 時我及衆僧 倶出霊鷲山の事
御義口伝に云はく、霊山一会儼然未散の文なり。時とは感応末法の時なり、我とは釈尊、及とは菩薩、聖衆を衆僧と説かれたり。倶とは十界なり、霊鷲山とは寂光土なり。時に我も及も衆僧も倶に霊鷲山に出づるなり。秘すべし秘すべし。仍って事の一念三千の明文なり。御本尊は此の文を顕はし出だし玉ふなり。されば倶とは不変真如の理なり、出とは随縁真如の智なり。倶とは一念なり、出とは三千なり云云。
又云はく、時とは本時娑婆世界の時なり。下は十界宛然の曼陀羅を顕はす文なり。其の故は時とは末法第五時の時なり。我とは釈尊、及は菩薩、衆僧は二乗、倶とは六道なり。出とは霊山浄土に列出するなり。霊山とは御本尊並びに日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者の住処を説くなり云云。
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