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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

432彰往考来:2005/01/18(火) 07:21

自己レスです。

日蓮大聖人の御本尊は虚空会の儀式を表しているとよく説明されます。(例えば『日蓮大聖人御書辞典』(昭和51年、聖教新聞社、264頁))
たしかに首題を宝塔ととらえれば、釈迦牟尼仏と多宝如来を始め諸尊の観請はそうなのでしょう。(詳しいことはわかりません。あしからず) しかし不動明王と愛染明王は違うでしょう。しかも梵字でしたためてあるのです。この理由は?と考えたときに日蓮大聖人の強烈な宗教体験ではないかと思うわけです。(あくまで個人の意見です) そう考えると、不動愛染感見記は実に興味深いものなのです。但し、私の考えたようなことを説明するために後世に偽作された可能性もあります。私は不動愛染感見記の真偽判断はむずかしいと考えます。『日蓮と最蓮房』のように単純に偽筆と決めつけるには、もう少し説明が必要と思います。少なくともなぜ御本尊に不動・愛染が梵字でしたためてあるかを明確にしてから始めて偽筆だといいきれる環境になると考えます。『日蓮と最蓮房』ではそのようなアプローチもなく、間違った日食記事を基に議論しているのは滑稽でしかありません。
『御本尊集』に対する考えも間違っています。偽筆が入っていると指摘するなら、その理由を明確にするべきです。それをしないで、ただ、9番、18番、67番、114番、115番、その他十体前後がおかしいといっても犬の遠吠えにすぎません。まじめに研究している人への冒涜だと思います。


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