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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について

430顕正居士:2005/01/18(火) 04:09
寿永3年(1184年)の一の谷の合戦で捕虜になった平盛久は鎌倉に送られ、文治2年(1186年)に
由比ガ浜で斬首されることになった。しかし盛久の所持する経巻(観音経)が光りを放ち、土屋宗遠
は目が眩み、剣は真っ二つに折れてしまった。奇瑞に感じた源頼朝は平盛久を赦免したという。
この話は『平家物語』にあり、謡曲『盛久』で知られている。鎌倉に「盛久頚座」という史跡がある。

竜ノ口法難とその際の奇瑞については日蓮宗以外の文献には記録がない。奇瑞について記した
祖書は『種種御振舞御書』であるが、この書には古来真偽の論がある。したがって日蓮宗外では
竜ノ口法難そのものの存在が疑われて来た。しかし『開目抄』などの記述から頚の座と赦免という
史実はあったのだとおもう。奇瑞は平盛久の話から作られた可能性が高いとおもいます。


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