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蓮祖の、著作・曼荼羅の真偽について
414
:
彰往考来
:2005/01/07(金) 07:42
京都要法寺蔵の日蓮大聖人筆御本尊について〔2〕
399の続きです。
京都要法寺の紫宸殿本尊を『御本尊集目録』の58番目としますと、それ以外の3幅の御本尊は公開されていないので確認はさらに困難ですが、一部の御本尊については疑義を提示した資料があります。それらについて紹介します。
【1】称徳本尊についての資料
山川智應著『本門本尊論』(昭和48年、淨妙全集刊行會、213頁)
京都の要法寺に在る御本尊は、十界がスツカリ羅列してある。さうしてその脇のところに、『文永九年太歳壬申正月元日』とあり、左の方に『問答第一行戒智徳筆跡苻法沙門日興ニ之ヲ授興ス』とある。これは實物を拜すると、なかなか聖人の御眞蹟によく似た字で書いてある。私は二十五歳の頃に拜見して眞蹟であらうとおもつた。ニ、三年前に石版刷になつたものをみたが、なかなかよく大聖人の御筆に似てはゐる。けれども斯様なものは容易に信ずることはできない、第一に文永九年正月元日というといふのは、「開目抄」より已前である、「本尊抄」より已前である。第二に『行戒智徳筆跡苻法』といふ賛辭を入れられてゐるところにも、すこし疑わしいところがあると申さねばならぬ。
(中略)
また興師授興のもの(引用者注:称徳本尊)は、京都の要法寺にあるのだが、要法寺は興師の弟子日尊師の開基であるし、由緒においては問題はないが、この興師頌徳の本尊なるものが、要法寺にあるといふことの、古い正確なる記録といふものが缺けてゐる。若しも日尊師が、興師から付属せられたものであるならば、付属状なりその記録なり傳説なりが、「尊師實録」なりそれに近い上古のものになくてはならぬが、それがどうしても見えぬようであるのから推考すると、容易に無條件に肯定することが出来ないのは當然のことであろう。況して頌徳苻法などといふことを、大曼荼羅にお書きになるなどといふことをば、直ちに信ずることはどうも出来にくい。況して「開目抄」以前に、本尊の圖顯などといふことは、法義上あり得べきことではない。どうしても朗門との對抗的の造作でないかと疑はれる、研究を要する。
この資料は開目抄以前の本尊の図顕がないとするなど現状と異なる点があると考えますが全体としては、まあ的を得た考えと思うのですが皆さんはどうでしょうか?
by 彰往考来
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